通信簿

昨夜、大豆を茹でた。
その大豆と、牛肉と玉葱を、ハヤシライスのルーで煮込んで今朝食べた。
非常に美味しかった。
ご飯にかけてそのままハヤシライスにして食べても美味しいだろう。
大豆の煮汁が美味さの隠し味になっていると思う。

『新平家物語』6巻読了。
義経と弁慶の出会いシーン。
義経が登場すると、物語が動く。
頼朝とは対照的だ。

6時半帰宅。
ハヤシライスを食べる。やはり美味かった。

過去の人生を月ごとに採点し、通信簿のようなものを作った。
1979年から現在までの、およそ32年間分。
1979年にした理由は、物心ついて後、何月に何があったのかを把握できる最初の年がそれだったからだ。
なんにせよ、よくもまあそんな暇なことをするもんだと、人は思うだろう。
自分もそう思う。
だが実際につけてみると、非常に面白い。

十代二十代は浮き沈みが激しい。
天国と地獄を行ったり来たりしている。
三十代になってからは、数回地獄を見たものの、浮き沈みの角度はゆるやかだ。
それでも沈む時は沈む。

通信簿を見てわかったことがある。
それは、地獄に落ちる時の、自分特有のパターンだ。
地獄の底に落ちる数ヶ月前に、前兆とでも言うべき倦怠がある。
その倦怠期に何らかの手段を講じないと、報いを受けるかのように地獄に落ちているのだ。

稽古場日記をつけ始めたのは2000年の9月からだが、そこから現在に至るまでに4回ほど地獄がある。
ずばり、2002年の暮れと、2004年の3月4月と、2005年の10月11月と、2006年の12月だ。
どれも芝居絡みというところが興味深い。

だがそれらのどの地獄も、2000年の春に比べればマシだったと思う。
あれが32年間の底値で、最も<のたれ死に>に近い状態にいた。
一番良くなかったのは、自分で自分を駄目な方向へ進め、立て直す気力がないのだと信じこんていたことだ。
結局最終的には立て直す気力がわき起こり、最悪の事態から脱出することが出来たのだが、もっと前からそうしていればそもそも地獄に落ちてはいなかった。

なぜ、できなかったんだろう?
できなくさせていたものは、何だったのだろう?
思い当たるフシはある。

地獄に落ちる前は、人生を「一本の道」のように思い描いていた。
脇にそれると、あるべきコースを辿るべく、修正する努力をしていた。
ところがコースをそれ続け、どう頑張っても元のコースに戻るのが不可能になった時、別のコースを検討せず、進むことそのものを放棄してしまった。
そして、運命が自分を裏切ったように感じた。
大切なのは目的地のはずなのに、いつのまにかコースにこだわっていたことが、地獄のはじまりだったのだ。

時々怖くなる。
また、その地獄に落ちてしまわないだろうか?
今度落ちたら、はい上がれるだろうか?

だから、日々生きていて、
(あれ? 今、コースにこだわっているな)
と思うことがあったら、それは自分にしかわからない危険信号だ。
慎重にいかねば、と、思う。

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