ポール・マッカートニードーム公演

稽古休み。
稽古はあるのだが、8月の時点で今日の予定は埋まっていたので、NGを出していた。

予定とは、ポール・マッカートニーの東京ドーム公演だ。

朝から普通に仕事。
ExcelとAccessのデータ相違を改善するためのツールを作り、担当の同僚に見せる。
先週末のツール、今日のツールと作ってきて、業務のどのあたりが滞っているのかわかってきた。
わかったからといって、このツールで何とかしてくださいというわけにはいかないのが組織の難しさだ。
組織というより人の難しさ。
誰もが持っている「プライド」が絡み合うややこしさ。

夕方、定時に退社。
水道橋に向かう。

ドーム公演前に「とんがらし」に寄り久しぶりに天丼を頼んだ。
夕方でないと食べられないメニュー。
食べるのは3年ぶりくらいだった。
おじちゃんおばちゃんは閉店前で疲れていたが、揚げたてサクサクの天丼は安くて美味しくてボリュームたっぷりで素晴らしかった。
丁寧にお礼を言って店を出る。

ドームへの道は老若男女様々な人で埋まっていた。
リアルタイムのビートルズファンと思われる世代から、二十代くらいまで。
チケット代が高いので、十代の姿はあまり見なかった。

残念なことに席はステージをかなり下手から斜めに見るスタンド席だった。
ぴあの先行予約はこういう席になることが多い気がする。
オペラグラスを持ってくるんだったと後悔したが、東京ドームの公演でステージを間近に見られる人は限られるのだから、同じ空間にいられることを素直に喜んだ方がいいと思い直す。

開演まで色々なことを思い出す。
初めてポール・マッカートニーの歌を聴いたのは、マイケル・ジャクソンとのデュエット「SAY SAY SAY」だったな。
その頃は洋楽を聴き始めたばかりで、ビートルズは全然興味持てなかったな。
興味を持ったのはNHKでやったビートルズの特番を見てからだったな。
FM放送でビートルズ特集が組まれた時は、カセットテープに録音しまくったっけ。
ミニコンポのステレオを買ってから、LPレコードを買い集めたんだ。
「マジカル・ミステリー・ツアー」のレコードを、映画「北斗の拳」のチケットと引き替えに友人からもらったっけ。
初めてポールが来日した時はもう演劇を始めてた。
「アンソロジープロジェクト」で、ジョージやリンゴと一緒にレコーディングしてるのを見た時は、鳥肌が立ったな。

何十年もビートルズを聴いていると、すべての曲が身体の隅々まで染みこんでいる。
コレクター気質がないので、CDが実際に手元にあろうとなかろうと、あまり気にしない。
媒体がなんであれ、いい音で聞ければそれでいい。

ビートルズファンになってから、ポールのソロ曲も聴くようになった。
最初に聞いたのはベスト盤。
リアルタイムでは「プレス・トゥ・プレイ」「フラワーズ・イン・ザ・ダート」が出ていた。
それらのアルバムを聴いたのはずっとずっと後。
80年代末から90年代頭にかけて、ストーンズは格好良くて、ポールはどこか野暮ったいという感覚があった。
当時、自分が子供であったということが、重要な要素だったんじゃないか。
ポールのすごさをわかるようになったのは三十を過ぎてからだ。

ドームの客電が消えた。
あちこちで歓声が聞こえる。

ツアーのセットリストはまったくチェックしなかったので、一曲目がどんな曲なのかを楽しみにすることが出来た。
“Eight days a week” だった。
ジョージ・ハリスンの来日公演の一曲目は “I want to tell you” だった。
選曲の基準にどこか共通点があるような気がする。
いきなりガンガンいくのではなく、ウォーミングアップ曲のような。

以下、セットリスト順に気づいたり感じたりしたこと。

1. Eight Days a Week
予想外の選曲だけど、いきなりビートルズナンバーだったので会場はどよめいた。

2. Save Us
アルバム「NEW」の曲。
新曲だったが二曲目だったので会場の熱気は冷めず。

3. All My Loving
出だしでどよめき。

4. Jet
「Jet!」コールが鳴り響くとは思わなかった。
ウィングスの曲もちゃんと聞いているファンが多いのだと思い、嬉しかった。

5. Let Me Roll It
名作「Band on the run」から。
特徴的なギターの音が同じだった。

6. Paperback Writer
疾走感溢れる演奏。
ポールさんの喉もこの辺から絶好調に。

7. My Valentine
これは去年出したジャズ・スタンダードのカバーアルバム「Kisses on the Bottom」に入っているポールの曲らしい。
後で知った。
美しいメロディを作ることは、呼吸をするくらい自然な行為なのだなとわかる曲だった。

8. 1985
「Band on the run」から。
イントロが格好良く、名曲再発見という感じだった。

9. The Long and Winding Road
ビートルズの時間。
正直、あまり好きな曲ではないが、それでも背筋を正して聞いてしまった。

10. Maybe I’m Amazed
これが生で聞きたかった。
アレンジはウィングスのUSAツアーの時と同じで、ポールのシャウトどころも同じ。
ソロ時代屈指の名曲だと思う。

11. Things We Said Today
12. We Can Work It Out
ビートルズ曲。
こういう曲をやってると、フォークシンガーみたいだった。

13. Another Day
前二曲と比べると作曲家として円熟したのだなあとわかる、初期のソロ曲。

14. And I Love Her
ビートルズ曲。
定番のスタンダードナンバー。
大人しく聞き惚れる。

15. Blackbird
弾き語りに似合う曲ベスト1はコレだ。

16. Here Today
ジョン・レノンに捧げる曲。
会場はしんとしていた。

17. New
アルバム「NEW」の曲。
それまでずっと色々な曲を、驚いたり喜んだりしながら聞いていたけど、この曲が流れた途端涙がどっと溢れた。
新曲なのになぜだろう。
たぶん過去のあらゆる曲や、ポール・マッカートニーという人そのものが、この一曲で表現されているからだろう。
聞いているだけで色々な想い出が胸の奥からあふれ出してくるようだった。

18. Queenie Eye
「NEW」から。
コールも出た。

19. Lady Madonna
イントロで地鳴りのような歓声。
ここはドームじゃなくて小さいパブかどこかで、ふらっとやって来たポールが店のピアノで演奏を始めたみたいなノリ。

20. All Together Now
ギター弾き語り。
「All together now!」コール。

21. Lovely Rita
「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」から。
ライブで聞くのは初めてだが、もの凄くかっこよかった。

22. Everybody Out There
「NEW」から。
イントロのギターかっこいい。

23. Eleanor Rigby
ビートルズ曲。
定番だなあとしみじみ。

24. Being for the Benefit of Mr. Kite!
「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」から。
ジョンの曲。
バンドの演奏がうまくはまっていた。

25. Something
ジョージ・ハリスンに捧げ、ジョージの名曲をウクレレで。
これも定番。

26. Ob-La-Di, Ob-La-Da
「オブラディ・オブラダ」コールをポールが煽り、会場はのせられる。

27. Band on the Run
ウィングス時代名曲。
あらためて、かっこいい曲だなあと再発見。

28. Back in the U.S.S.R.
単純明快ロックナンバーで、客席が揺れた。

29. Let It Be
曲の格というか、この曲のイントロが流れると背筋が伸びる。
それにしても名曲が多すぎる。

30. Live and Let Die
大会場映えする曲。
ドームにぴったり。
ウィングス時代のライブ同様、火薬が大炸裂した。
演奏後にポールは耳が鳴ってるよとアピールしていた。

31. Hey Jude
またまた、また名曲。
最後の大合唱でポールは、男性女性とコーラスの順振り分けていた。
この場にいられて良かったと思った。

32. Day Tripper
気を取り直して、という感じでビートルズ時代のロックナンバー。

33. Hi, Hi, Hi
ウィングスライブではコンサート終盤の曲か。
コンサートを盛り上げる勘所を心得てる人が書いた曲だなあと思った。

34. I Saw Her Standing There
デビューアルバムの曲に戻り、荒削りさに浸る。

35. Yesterday
福島に捧げるというポールの声と共に。
会場は声一つなく聞き入っていた。
まるで国家のようだった。

36. Helter Skelter
イエスタデイの後に、こういうハードロックを出してくる。
どちらも同じ人間が書いたなんて信じられん。
床を踏みならす者多数。

37. Golden Slumbers
38. Carry That Weight
39. The End
「Abbey Road」からエンディングのメドレー曲。
このアルバムのレコーディングを最後にビートルズは解散した。
だからこのメドレーはビートルズが最後に一緒に演奏したナンバーということになる。
リンゴのドラムソロに始まり、ギターソロのパートはポール・ジョージ・ジョンの順に3回続く。
そして最後の美しいハーモニーとともに、ビートルズの歴史は終わった。
そのメドレーをライブで聞けるのは、極上の体験だった。
たとえメンバーがポールだけだったとしても。

一曲一曲に思い入れがあったけど、演奏を聴くうちに懐かしいと思う気持ちは薄れ、曲の良さを再発見するようなライブだった。
Lovely Rita など、50年近く前の曲とは思えなかった。

終わった瞬間、緊張の糸が切れたようになり、ドーム出口の強風をまともに受けて、よろめくように外に出た。
頭の中にはぐるぐると音楽が回っていた。
感動というより、自分の中のプログラムを書き換えられたような感じがした。

ライブが好きというアーチストは沢山いるけども、ポールほど長年継続的にやって来た人はそんなに多くない。
ポールの場合、富や名声を今さら得てもしかたない立場にいる。
豪邸に引きこもって悠々自適の生活をしてもいいのだ。
でも、やっぱり、それじゃ人生が物足りないのだろう。
人前に出て演奏して歌いたいんだろう。
客席に Yeah! と叫びたいんだろう。
だから日本に来てくれたんだろう。

また次のライブで、というようなことを行って、ポールは去っていった。
今回が最後のライブになるかもしれないと思ってチケットを買ったけど、もしかしたら本当に次があるかもしれない。
ポールの姿を見てそう思った。
これが最後だと思ってやるライブじゃ、たぶん感動しなかったろう。

11時帰宅。
ポールぼけの状態にあった。
ネガティブなものじゃない。
これからの生活、色々な時に今日のことを思い出すだろう。
きっとそれは悪い感じのものじゃないだろう。
そんなことを、なんとなく思っていたかもしれない。

ポールぼけのまま、ビールをゆっくり飲んだ。