何もできず

朝、起きたくなかったが、横になっているのも限界で、12時に起きた。
頭の中がぐるぐるしていた。寝過ぎかもしれない。

1時過ぎに「丸信」へ。
お腹は全然減っていなかったのだが、今年は夏前から「丸信」へ行くことが、土日祝日を回す儀式のようになっていたので、食べるためではなく回すために行った。
そんな日に限って、もの凄く混む。
カウンターに座り、ラーメンを大盛で頼む。
スープを残す。
不味かったのではなく、入らなかった。

家に帰り、コーラを読み、本を読んだ。
途中で、やっぱり頭がぐるぐる回ってきた。
安眠剤を飲んで再び横になるが、体がじんわりとリラックスしているのに、意識だけは起きていて、カーテン越しの外がだんだん暗くなっていくのを、夢と平行して感じていた。

6時半に起きた。
外はもう暗かった。
一日中何もしなかったので、食欲はなかった。
風呂を沸かし、本を少し読み、買い物に行った。
一ヶ月ぶりくらいに、家でビールを飲んだ。
風呂を沸かし、Lineでやりとりをし、風呂に入り、再びLineでやりとり。

昔のことを思い出して懐かしむということは、若い頃の悪癖だったけれど、ここ数年はすっかりなりを潜めている。
過去は変えようがないし、未来はわかりようもないとすれば、現在を生きるしかない。
理屈ではわかっているのに、現在を生きている俺の惑いっぷりときたら、お恥ずかしい限り。

そろそろ今年も終わる。
一昨年2012年は激動の年で、去年2013年は苦難の年だった。
激動も苦難も、結局自分がこしらえるものなのだけど。

今年は、6月までは2013年の延長戦だった。
7月から、TwitterとFacebookを見ないようにしてから、少しずつ変わったかもしれない。

Twitterを始めたのは4年前だから、それなりに長くやっている。
過去ログを見ると、2012年は毎月100件以上つぶやいている。
内容は、下らないことから、政治のことまで色々だ。

今年の1月に200つイート以上つぶやいている。
つぶやくことで、鬱々としたものを振り払いたいと思っていたのだな。この時は。

今年の6月になって、確か塩村議員のセクハラ野次があった時だと思うのだが、ツイートをしていて、何かがぷつんと切れた。
俺は何をやってるんだろうと思った。
Twitterにも、Facebookにも、そこに俺はいない。
俺が生きているのは、現実世界のここだろう?

なのに、つぶやいたり、イイネを押す時の感情は、俺の感情だ。
そこに俺はいないのに、なんだか、いるみたいに、怒ったり笑ったりしている。
その程度ならまだいいけど、他人にネガティブな感情を抱いたり、身近な人に嫉妬したり、意見の違いにイライラしたり、否定したり、そういう感情が生まれている。
たかがTwitterやFacebookなのに。
そこに、俺は、いないんだけど。

本を読むが頭に入らず。

11時過ぎに就寝。

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