深く潜ればいいというわけでもなく

月曜日は真夏日だった。そして今日も真夏日だ。ばかやろうめ。
先月の週末がこんなだったら良かったのに。

実は、海に行こうとしていたのだ。
9月に海に行って泳げるのは、ここいらでは下田らしい。
小金井公園のマラソンが10日にあったが、あれに完走したら翌日行くつもりだった。
だが肉離れで棄権し、しばらくは足を引きずる日々だった。
翌週もその翌週も雨。
晴れの日は予定あり。
結局行けずに終わった。

そしたら、10月になった途端の真夏日続き。
しかも平日に。
腹立たしい。

昼、ガストでランチを食べ、ノートに台本書き。
レジのお姉さんの睫毛が長すぎ、宝塚みたいになっていた。

どうせ平日はビルん中で座り仕事をしているので、外が何度であろうとあまり関係ない。
5時半になったらもう外は暗い。

夜、参宮橋へ。
仕事場から自転車で10分もかからなかった。
7時半から知恵の舞台観劇予定だったが、1時間以上時間が余ったので、コーヒーショップに入ってアイスティーを飲み、ノートに台本を書いた。
7時半、久しぶりに参宮橋トランスミッションへ。
石川くん演出。
イザナギとイザナミの日本神話を題材に取った本だった。
だが実際は、神話の方から働きかけられ、題材に取らされたのだと思う。
イザナミに会いに行こうとするイザナギに、反対のことを言うようにカグツチが嘘をついたというのが、創作部分。
思っていたことと反対のことを言う展開は、「ダブリンの鐘つきカビ人間」パターンだった。
若い役者の中、知恵はおねいさん役者のポジションで、感情の発露も発声も目立っていたが、経験的に目立つことは確定しているため、目立つことを差し引いて見るようにした。
神話の中の人物を演じるにしては、心の深いところまで潜っていないように思った。
というより、深いところの存在はわかっているのだが、潜ることに恐れがあり、その手前の、より日常的な人間の感情レベルで、喜怒哀楽を表現しているようだ。

参宮橋の串カツの店で飲む。
知恵来る。
「手前で、かくかくしかじか、だとおもったよ」
そう言ったところ、そうかも知れないという反応をしていた。
じゃあ、勇気を出して深いところに潜ればいいのかというと、それも違うような気がするのだ。
そこが難しい。

遅れて、石川くん、吉村くん、木原くん来る。
芝居の話はせず、ひたすら下らない話をして笑う。

11時半頃に店を出る。
30分かからず帰宅。
風呂にゆっくり入り、さてと、と思ったら3時だった。
「なにが、さてとだ」
とつぶやき、いや、結局はつぶやかず、寝た。