リニューアルオープン

6時起き。
メトロで三越前へ。
8時半にクリニックで、健康診断の受付をする。

様子が変だった。
予約されていないみたいだ。

スマホの通話履歴を調べた。
予約をしたのは先週木曜日。
電話番号を見る。
別の病院の番号だった。
病院案内の書類に載っているリストから、電話番号を一行間違えてしまったらしい。

それても、診察を受けつけてくれた。
30分遅れにはなったが、ありがたかった。

10時から仕事。

夕方、アメ横で買い物。

7時に黒田さんのピザ屋へ。
6月いっぱいでフランチャイズを抜け独立し、7月半ばから新しい店になったのだ。

赤いクリームソーダを頼んた。

黒田さん、高校の同窓会のことを話す。
同窓会の東京支部というのがあり、関東近辺を司っているそうだ。
委員長が経団連の会長らしい。

時々、同じ高校に通っていたというお客さんが来るという。
「学年は同じなんだけど、クラスも違うし、知らないんだよ。あとで卒アル見ても、うーん覚えてない、みたいな」
「でも、同じ高校出身で同学年の人がお店やってるっつて知ったら、行ってみようという気にはなりますよ」
「そうかな」
「同じ空気を吸ったわけですからね。先生の思い出話とか共通の話題になりますし」

遅れて浅香来る。
左腕を吊っていた。
肩を痛めている話を前に聞いていたので、良くないのかなと思った。
黒田さんは驚いていた。

前回食べられなかったオニオングラタンスープを食べ、2000年代の漠話をする。
よく知らなかったさまざまなエピソードを聞く。
前半は知っている後輩の名前が出てきたが、後半は怪しかった。

大学のサークルだから、自分を基準として上に3年、下に3年、のべ7世代が、接する世代の基本的範囲だ。
上の学年や下の学年と関わることで、より遠くの世代を知ることになる。
ところが、人数の少ない世代は、上の世代と下の世代の繋がりを隔てることになりやすい。

オレの世代は最終的に6人になったが、初めはオレと、和田さんという女の子しかいなかった。
和田さんは学園祭の実行委員会にも所属していたので、初めのうちは漠に来られなかった。
この頃の漠は、オレが知る限り最も人数が少ない時代で、本公演に携わるキャストが10人、そのうち2人が一年生、スタッフはキャストが兼務するという状態だった。
一度も顔を見たことのない先輩もいたし、公演を見にくるOBも少なかった。
たから、オレより四つ以上うえの世代について、ほとんど知らない。
アングラ色が強く、勢いがあったことは話に聞いている。

浅香が入部したのは年末だった。
同じ時期に榊原さんという女性も入部し、1年生は4人になった。
2年になってすぐ、千田さんが入り、2年の終わりに原田くんが入った。
これで6人勢揃い。
今思えば、役者としてなかなか強力な布陣だったと思う。
全員が同じ舞台に立ったのは2回。
ひとつは卒業公演。
もう一つは、今日訪れたピザ店の主、黒田さんが演出した芝居だった。

その舞台で浅香は、黒いブラジャーをつけ濃いメイクをし、奇声を発してオカマキャラを演じた。
彼だけが奇抜だったわけではなく、オレは顔を黒くした謎のインド人、榊原は娼婦、和田は老婆、原田は暴力組織のならず者だった。
千田なんか、犬だった。四つん這いで走ってた。

黒田さんはオレが入った頃、漠ではあまり芝居をしていなかった。
オレが1年の時は、夏に実験的な公演をひとつやっただけだった。
それが、2年になった頃から、じゃんじゃん芝居をやりだした。
オレの一つ下の学年は11人もいて、彼らは黒田さんの薫陶を直接受けることになった。

2年になってすぐ、オレは演出を始めたのだが、演出とはどういうことなのかまるでわからなかった。
空間を作る感覚にあいて、黒田さんに敵わなかった。
そのことは、後々になっても痛いほど意識させられた。

新しい店の名は「想兵衛」
内装外装は、黒田さんが試行錯誤しながら、7月に手がけたそうだ。
昔、劇団漠のアトリエだった倉庫を、好き放題に改造していた姿を思い出した。

浅香、肩の具合を黒田さんに話していた。
リハビリに通い、包帯で吊すようにしてからは、幾分楽になったことなど。

お土産にピザをもらい、10時に店を出る。
御徒町からJRで帰ろうとしたら、山手線がとまっていた。
上野広小路に移動し、メトロで帰った。
11時帰宅。

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