生きていたくなさ

9時起き。エアコンとこたつをつけるが暖かくならなかった。10時半頃に宅急便で3メートルのガスホースが届いた。キッチンのガス元とファンヒーターをつなげる。思っていたより短かかった。すぐにメルカリを見ると、5メートルのものが安く出品されていた。ポチると、出品者から、明日午前中に届くと返事がきた。早い。便利すぎて怖くなる。

11時半過ぎ、走りに行く。郷土資料館から済美公園を抜け、善福寺川沿いに環七。中野富士見町まで行き、中野通りを北へ。中野駅で線路沿いに西へ。途中明大沿いに北上し、早稲田通りを西へ。環七を北へ。野方ホープ先の歩道橋を渡って折り返し、早稲田通りに戻って西へ。大和町三丁目の交差点を南へ。そのまままっすぐ走って家へ。11キロ近く走った。

2時半過ぎに荻窪の「丸信」でラーメン食べる。とにかく好きな店。大盛を頼むと、食べるうちに麺が伸びてきて、後半スープが少なくなる。時間がかかるから麺が伸びる。欠点ではなく美点だ。ラーメンはそういう食い物。伸びてこそだ。

3時半に本天沼の稽古場へ。オーヘンリー企画の稽古を見学する。台本を一本提供した。「よみがえった改心」で、日活アクション映画ふうに考えたプロットから、日活アクションの部分は削除し、役名だけ残した。上演作は5本。「賢者の贈り物」「魔女のパン屋」「最後の一葉」「よみがえった改心」このうち「賢者の贈り物」は二作に分けてやるらしい。
稽古場は本番が近づいた時に特有の雑然とした熱気があった。尾池さんは音響をやる金子ひなちゃんと、きっかけの確認をしていた。役者陣は衣装のチェックに余念がなかった。
4時過ぎに通しが始まった。出はけの場所とタイミングが先に決まっていて、役者が合わせていくバターン。稽古を見た感じでは若い役者が多く、合せていくのに必死という印象を受けた。「三国志」の時もそうだったなと思い出す。出のタイミング、はけるタイミング、場面での立ち位置、この三つを指定されたとして、それを制限と見てしまうとつまらない。逆に、それさえ守れば、あとは何をやったっていいのだ。突然寝っ転がってもいいし、奇声を発してもいい。じゃあ、突然寝っ転がったり、奇声を発したら、いい芝居になるのか? もちろん、なるはずがない。ただ、それをやったっていいくらい、舞台に立つ時は自由でありたい。やっちゃいけないと考えるのと、やらないでおいてやると考えるのとでは、あり方が違う。
これは日常と同じだ。誰だってJRの駅のホームで奇声を発することができる。よほどの大声でも出さない限り捕まることはない。でもそんなことする奴はいない。けれど誰もが可能性を常に維持している。奇声を発する自由を行使せず、日々を生き、それを不自由とは思っていない。
役者もそうで、本筋とはなんの関係もなく奇声を発するのは、そりゃあ間違っている。けれど、やろうと思えばやれるんだと意識して、セリフに隷属しないように気をつけないと。自分の意志でそのセリフを喋っているようにならない。
尾池さんは、ここ五年ほど芝居をやりたいと熱望していた。紆余曲折の末、それが現実の形をとりつつあり、高揚感に包まれていた。「三国志」の時と違って座組みは小さく、手作り感にあふれている。いい作品を作ろうとするのは当たり前だが、座組みを作ることこそが、彼が心の奥で渇望していたことではないか。稽古を見て思った。だとすれば、ただ、回して、進めるのみ。

通しが終わると6時近くになっていた。7時に東新宿で観劇の予定があったので、片づける面々に挨拶して稽古場を出る。南阿佐ヶ谷から副都心線で東新宿へ。アトリエフォンテーヌにて、弦巻くんの劇団カッコカリ公演を観劇。
再演作品だった。自殺した者たちがやってくる、地獄でもない天国でもない「天獄」の話。色々な人かいる。なぜそこに来たのか、回想シーンで説明される。明るい場面はない。不倫をしていた女が相手に捨てられるエピソードが主軸。死にたさにではなく、生きていたくなさに納得した。
ラストで、自分を愛してくれた男に救われた命を、女は拒否する。助けられなかった男は、生き残って絶望の叫び声をあげる。救いのないラストだ。なのに、不思議とカタルシスがある。死にたい、あるいは、生きていたくないと思っている人、あるいはそういう気持ちに覚えのある人にとっては、ハッピーエンド(と作り手が勝手に思っている、キミは一人じゃないよ的な、たわ言芝居)よりも、こちらの方が真の意味で、救われるラストなんじゃないだろうか?

終演後、兜森くんと原田さんに挨拶。兜森くん、抑え気味の芝居が自然だった。相手のヤクザ役をやりたいと思った。凄みを作ってる感じで演じられていたが、もっとユーモラスにやった方がいいと思う。
原田さん、「三国志」で共演してから10年経つ。当時のオレと今の彼女が同い年だ。来年、二人とも夏に宙キャンで共演するらしい。
弦巻くんに挨拶して劇場を出る。生きていたくなさについて感想を言いたかったが、うまく言葉にできなかった。

10時帰宅。ジョギングをしてから10時間も経っていることを知り、愕然とした。芝居を二本見たようなものだからだ。12時就寝。