釣れないと判断し練習へ

昨夜、三合ばかりご飯を炊き、ラップして冷凍した。半端に余ったご飯があったので、今朝起きてお粥にし、いくらをのせて食べた。質素なんだか贅沢なんだかわからない。

夕方実家へ。炊き込みご飯と秋刀魚を食べた。

日曜に旧江戸川で釣りをした時、いつも行くポイントは、結局のところシーバスが居着いていないのだと思った。通り過ぎることはある。だが、居着いて餌を追い求めるということはない。
キャスティングの腕も上がったことだし、そろそろ人が多い河口の釣り場へ行ってみる頃合いだろう。

その前に、気になるところで一回釣ってみようと思った。中川の、清砂大橋付近だ。

8時過ぎに橋の下に着いた。ロッドを組み、スナップにエリア10を取り付ける。
土手の階段を上り、川を見下ろした。暗かった。9月にも、日が昇る前に来たことがあったが、ここまで暗かっただろうか。
川岸に下り、橋の影と、照明が川面を照らしているところの境目を狙おうと思った。
流れは速かった。水は強い勢いで下流に向かって流れていた。水面にボイルはなく、魚の気配はまったく感じられなかった。

投げて、ゆっくりとリトリーブすることを数回繰り返した。アタリはなかった。橋の下に行き、進入禁止の金網まで移動した。そこから投げると、橋の影より下流の明るい水面にルアーを落とすことができた。上流にゆっくり引くと、明るいところから影の中にルアーが入っていった。きわどいポイントだと思ったが、反応はまったくなかった。

今日、ここに魚はいないと思った。たぶん、いくら投げても釣れないだろう。それは直感のようなものだった。

釣り場を移動しようと思った。どこにいくか。旧江戸川河口に移動するにはけっこう距離がある。中川の堤防沿いに南へ行き、湾岸道路あたりで柵を乗り越えてみようか。
大学時代のほんの一時期、シーバス釣りにはまったことがある。その時は、湾岸道路の橋の真下で50センチ前後のシーバスを5、6匹釣った。思えばそれが、シーバスを実際に釣った最後だ。
昔は、荒川、中川、旧江戸川でシーバスを釣ろうとする人は、今よりも少なかった。ほとんどいなかったといっていい。たぶんそのためだろうか、魚も今ほどスレていなかったと思う。満潮時を狙ってフローティングのルアーをただ巻きするだけで釣れたのだ。
だが、今日はどこに行っても釣れないだろう。北風が強くなってきたし、潮の時合いもとうに過ぎてしまった。
どうせ釣れないならば、夏によくハゼ釣りに行ったあそこへ行って見ようと思った。大きい魚が生息している場所ではないが、捕食と思われるボイルは夕まずめの頃合いにしょっちゅう見かけた。30センチくらいの魚が10センチ以下の小魚を狙っていただけかもしれないが、何もないよりはましだ。水の流れはないだろうし、真っ暗な中川で釣りを続けるよりは、キャスティングの練習になっていいだろう。

ロッドを継いだままにして、自転車に乗り、釣り場を移動した。川から離れると風は穏やかになった。

釣り場には誰もいなかった。時々、ジョギングをしている人を見かけるくらいだった。ライトが水辺をくまなく照らしているため、ヘッドライトの必要はまったくなかった。
初めからバイブレーションをつけた。明るいので、着水時の波紋がよく見えた。流れは弱く、ルアーは投げたところからほぼまっすぐに引かれて戻ってきた。
投げては引きを繰り返した。釣れない釣り場に通って、何度もキャスティングを続けてきたおかげで、あさっての方向に飛ぶことはなくなってきた。それで癖はあって、飛ばそうとしている方向より、若干左に寄ってしまうようだった。風がないため、そうした自分の癖がわかるのが面白かった。
アタリはまったくなかったが、1時間と少しキャスティングを続けた。10月中にシーバスを釣るという願いは結局叶わなかったが、投げるのだけはずいぶん上達したと思う。

10時帰宅。

久世光彦『一九三四年冬 乱歩』読了。
書けなくなって、失踪し、東京市麻布区箪笥町の張ホテルに隠れた乱歩。そのホテルは中国人が経営していて、逗留客は外国人ばかりだ。乱歩は、ホテルマンの美青年翁華栄や、ミステリー小説に造形の深いアメリカ人の婦人ミセス・リーと知り合い、新作「梔子姫」の構想が湧き起こった乱歩は、ホテルに滞在しながら、執筆と妄想を行き来する。
乱歩の性格は小市民的で、久世さんが演出するドラマのように、つい噴き出してしまうようなユーモアのある作品だった。