ただただ心配している

朝、テレビのニュースを見る。逮捕された瀧氏が後部座席に乗って護送される映像が流れた。顔は伏せていなかったが瞑目していた。観念しているようにも、動じてないようにも見えた。しかし映像からわかることは何一つなかった。

ローソンで15日の電気グルーヴライブのチケットを発券した。朝の時点では中止の発表はなかった。
石野卓球はtwitterでなんの発言もしていなかった。軽々しく何かをつぶやくことはないだろうし、あったとしてもtwitterでそれをすることはないだろう。我々客もそれを求めることを当たり前と思ってはいけない。

尿検査で陽性反応がでたというが、家宅捜索の結果、薬物は見つからなかったという。常習していなかったのか?

午後、集中力が枯渇し、何も手につかなくなってしまった。明日は気温が下がる。今日はレース前の最終Runにするつもりだったが、走る気にはなれなかった。

今日は酒が必要な日だ。

15日と16日の電気グルーヴツアー最終ライブは中止が決定した。15日に行く予定だったが仕方ない。残念じゃないといえば嘘になるが、裏切られたという思いはまったくない。ただただ心配だ。

夕方になると、強い風が吹いていた。

「たまむすび」を聞いた。赤江さんが冒頭で、瀧氏逮捕について話していた。時々声が詰まり、涙声になっていた。たぶん、心の揺らぎは、涙声に表れているよりはるかに大きいだろう。気の毒でならなかった。
「伊集院光とらじおと」を聞いた。「なぜそんなものが必要だったのか」と、伊集院さんは言っていた。若干強めの声だったが、本当は大声で叫びたかっただろう。

買い物をして6時半帰宅。久しぶりにビールを飲んだ。飲みながら、スマホでピエール瀧逮捕に関連するニュースを検索した。新しいニュースは特になかった。

電気グルーヴのCDが発売中止なり、在庫品は店頭から回収されると発表された。見えない何者かを恐れる反応だと思う。戦争中「非国民」という言葉を生み出し、若者を人間爆弾として特攻隊に送り出したのは、見えない何かだ。
ソニーは責められない。問題は、見えない何かの存在に無自覚でいることだ。それは我々の問題でもある。
奴に名前をつけないといけない。忖度という言葉は、その道具として使えばいい。

なぜ瀧さんがドラッグに手を出したのか、色々考えた。
人がドラッグに手を出す理由は、ストレスや孤独を紛らすためか、ただ快楽としてか、その二つ以外の理由はなかなか思いつかない。瀧さんはどちらでもないような気がする。
一番しっくりくると勝手に思ったのは、「うっかり」だ。最初の服用は意図したものではなく、たとえば外国にいた時、周りがやっている環境で、酔っ払っていて、ついうっかりだったとか。
人の心なんてわからない。でも、パターンのように使われる「心の闇」みたいなものは、瀧さんには似つかわしくない。人の心に闇があるのは、海に深海があるのと同じく、構造的に当たり前のことだ。ないフリをする方がよほど危ない。
闇は歌詞に現れていたと思う。誰でもそうだろう。闇という言葉の使い方がそもそもよくない。
またたく閃光のように、常人の数倍のひらめき速度で展開する卓球氏のライミングに対比するように、瀧氏の言葉は喚起されるイメージがすごかったと思う。「実家に火を放つ」「不気味なペットを飼っている」というフレーズは、瀧さんの歌詞ではないか? ペットを「職場に連れてくる」と続くところが、すっげえ好きだった。

電気関係者は誰もこのことについて発言していないようだ。

救いがあるとしたら、ファンを含め、瀧さんを見捨てないであろう人達の、数の多さだろう。みんな、ただただ心配している。

11時就寝。

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