リモート演劇をどうするか

8時起き。

水耕栽培の様子を見る。
トマトと一緒に育てていたミニトマトが全体的に枯れてきた。成長も止まっているように見えた。原因はわからない。しかし、トマトと同じ溶液に浸しているため、必要とする肥料の濃さに違いがあったのではないかと思う。いずれにせよ、このまま放置してもし枯れてしまったら、根が腐って水質が悪化し、トマトの成長にも影響する。処分を考えないといけない。

サミットへ買い物に行き、ブルコギ用牛肉など、食料色々買う。

昼飯に牛肉食べる。

今週、水曜にコードレスの掃除機を買った。ここ十年、住む部屋がずっとフローリングだったので、掃除は拭き掃除を基本としてきたが、やはり、あった方が便利だと今さらながら思った。ダイソンのを買おうかと初めは思ったが、そこまでのパワーは必要ないので、安いやつを買った。
買った水曜に試し、やはり便利だと感じた。クイックルワイパーだと、実は面積が広くて、狭い箇所の掃除に不向きなのだ。

その、掃除機で掃除をした。充電式だが、お屋敷を掃除するわけじゃないし、実用性は十分だった。

午後、雨はおさまってきた。

夜、予定があり、その前に仮眠をとっていたのだが、起きて連絡をすると中止との返事。しかし、なんとなく予感していたので、すぐに受け入れることができた。

ブリーチーズを食べ、ワインを飲んだ。

休暇の予定を考える。
例によって弾丸旅の旅程を、交通手段と共に考える。それで思ったのだが、目的は、北へ行くほど食べ物に偏り、南に行くほどアクティビティに偏る。夏だからかもしれない。
ふと、石垣島に行って、稚内にも行くコースは可能か調べたが、4泊するなら問題なかった。が、なんだか節操がないような気がした。

4月にNHKで放送した知床の老漁師のドキュメンタリー、6月に再放送していたらしい。知らなかった。見たかったのだが、日頃テレビをつけないため、情報にうとくなっていた。
NHKオンデマンドのサイトを見ると、何百円か払えばストリーミングで放送を見ることができるようだ。高いのか安いのかわからない。受信料と比較すると高いが、レンタルだと思えばこんなものか。とはいえ、受信料に見合うほど見ていないのだ。今年になってテレビ放送を見たのは、……、あれ? 自分の家ではまだ一度もテレビ番組を見てないぞ? テレビはDVDやブルーレイで映画を観る時しかつけていない。

そういえば木曜に髪を切っている時、テレビがついていた。音声は流れていなかったが、タレント達がリモート出演していて、画面を切り替えることでみんなが出ているように編集されていた。これは辛いなあと思った。

辛いのは演劇も同じだ。
これまでリモート演劇について考えないこともなかったが、観客に、同じ空間を共有している感覚をどうやって提供するのか、いい方法が浮かばなかった。
インタラクティブと同時性まではリモートで実現できるが、空間を共有している感覚は難しい。オンラインゲームの方が、その感覚を参加者に与えているだろう。
つまりオンラインゲームのその感じを、リモート演劇の表現に適用する方法を考えればいいのだが、これは難しい。ユーザーの操作としては、ゲームをプレイする時と同じように演劇を見るということになるだろうが、技術的に簡単というわけにはいかないだろう。それに、できた作品が映像作品とあまり変わらなかったら、舞台演劇にする意味がない。

観劇における、同じ空間をみんなで共有している感覚は、デモに参加する感覚に似ていると思う。以前、震災の一年後、国会前でデモに参加したことがあるが、集団の中にいると独特の安心感があった。1960年代、アングラ演劇が盛んになったのは、狭い客席に密集するのはデモに参加するのと同じようなもので、かつ、当時の若者にとってデモに参加するのは日常茶飯事だったからではないだろうか。

今、劇場を借りて芝居をするとなると、座席数は半分にしないといけないだろう。劇場料金が据え置きならば、予算的にペイするのは難しい。キャパが大きい劇場ほどカンパニーの抱える負担は大きくなるだろう。
逆にいえば、小劇場ならばなんとか公演が打てるのではないか。キャパ60の小屋で1ステージ30席。出演者が5人前後ならば、なんとかやりくりできそうな気がする。
また、そういう規模の芝居は小劇場らしい芝居だとも思う。願わくば、そういう芝居の中で発せられる言葉は、同調性圧力も忖度もない、今、本気でそう思っている言葉であって欲しいと思う。怒っているなら、怒っていることが、芝居になって欲しいと思う。

そして、公演のライブ配信は、有料無料問わずやった方がいいと思う。リモート演劇より公演のライブ配信の方が演劇そのものに近いと思う。

3時半就寝。

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