マラソン、久々の4時間切り

6時に起きた。レースのスタートは10時なので、4時間ちょうど前に起きたことになる。
しばらく、部屋でうだうだし、6時半にホテルの朝食を食べに食堂へ行った。ご飯を軽く一杯、味噌汁、おかずを少々食べた後、平皿にライスを盛り、カレーライスを食べた。

7時過ぎにチェックアウトし、宇都宮線で栗橋まで行き、東武線に乗り換え、柳生まで乗った。車両にはジャージ姿の乗客がけっこうおり、みんな柳生で降りた。彼らについていけば、マラソンのスタート地点に行けそうだった。

今回のマラソンは、渡良瀬遊水地という人造湖の周りを走る。一周5.4キロらしく、フルマラソンはそれを、調整分の距離プラス7周走るらしい。

駅で降り、踏切を渡って貯水池に向かう。遊水地は線路からわりと近くにあった。道の駅の敷地を抜けると土手に出るので、あとは湖を遠目に見ながら、スタート地点まで歩けば良かった。

スタート地点には数百人ほどのランナーがいた。先月参加した玉川の大会と同じくらいの規模に見えた。主宰している団体は、昨年の松戸マラソンと同じだったが、松戸に比べると規模はずいぶん大きかった。松戸は数十人しかいなかった。

ブルーシートに陣取り、フォームローラーで足を入念にほぐした。なにせ過去数回肉離れをやらかしているので、今回は丹念に筋膜リリースをした。おかげ体が暖まった。

その後、ユニフォームに着替えた。今回は2016年に買った長袖のウェアを着た。このウェアを買って初めて走った小金井公園のマラソンで初の肉離れを体験した。以降一度もサブ4を達成できていない。自分にとって験の良くないユニフォームではあったが、こいつを着てサブ4を達成することに意味があるんじゃないかと思って持って着たわけだ。

フルマラソンのコース説明のあと、集団での記念撮影があった。去年もあったような気がする。

その後トイレに並んだ。スタート15分前だったが、結構な人数が並んでいた。

喉の渇きをかすかに覚えたので、スタート2分前に荷物のところに行き、買っておいた経口補水液を飲んだ。

スタートと同時にガーミンのボタンを押した。距離設定をマラソンにしたので、ゴール予想タイムが表示された。しかし、走り始めてすぐ、これは逆にプレッシャーになると思ったので、1キロごとにラップが表示される時だけ時計を見ることに決めた。

まず、距離調整周回コースを2キロちょっと逆走してからスタート地点まで折り返した。4キロちょっとだった。あとはぐるぐる7周回るだけだった。

最初の5キロはアップのつもりで、できれば5分30秒くらいで走れればいいと思っていた。実際、スタートしてから2キロまではそのラップタイムに近かった。ご飯をしっかり食べ水分もたっぷり補給したせいか、お腹が張っている感じがあったが、走っているうちに凹むだろうと思った。

5キロあたりからペースがキロ5分10秒台まで上がった。しかし体が軽いと感じることはなかった。ペースを上げる伸びしろは感じていたが、後半バテるのが怖かった。

1週目を終えるとトータルで10キロ近く走っていた。「もう」10キロかと思った。そのあたりで白いユニフォームを着た男性ランナーに近づいた。
初めは抜くつもりでいたのだが、走っているうちに、その人のペースが5分20秒前後で安定していることに気がついた。で、抜くのをやめ、後ろについて走ることにした。

5分20秒で走るのは特にキツくはなかったが、20キロを過ぎてもそのペースを維持できるかどうかはわからなかった。とにかく考えず、白ランナーと同じピッチで呼吸に気をつけながら走った。

2週目で14キロ、3週目で19キロだった。4週目を走っている途中でハーフの距離を過ぎたが、どこでだかはわからなかった。ただ、ガーミンが1キロ走るごとにアラームで知らせてくれるので、20キロを過ぎたのが4週目の途中だというのはわかった。

そのあたりから、白ランナーが少しずつ遠ざかっていった。ラップタイムは5分30秒台近くまで落ち込んでいた。

25キロまでは5分30秒台以内を維持できた。その後、5周目の途中で30キロを経過した。この5周目が今回の山場だろうと思った。ここを切り抜ければ、あと2周歩かずに走れば何とかなる。

5周目を終えてから1キロ弱走るとトータル32キロだった。それまで一度もキロ6分台まで落ち込まなかったので、4時間切りの貯金がある程度できていた。そこで6周目はペースをやや落とし、歩かずにゴールするために足をもたせることにした。

6周目のラップタイムは1キロ6分台前半まで落ち込んだ。ペースを落としても苦しさは変わらなかったが、給水も走りながら済ませ、とにかく止まらないことに気をつけた。

6周目を終えた時、7周目を終える先行ランナーがゴールしており、係の人がマイクで「3時間30分です」と言っていた。3時間30分以内のことを意味していたらしく、実際は3時間25分台だった。それでも、残りの一周を34分以内に走らなくてはならなかった。6周目と同じペースで走っていたら貯金を食い潰してしまう。

そこで、7周目を走り始めてすぐにペースを上げた。とにかく最初の1キロを6分以内で走ろうと思った。
38キロ地点のラップ表示を見ると、タイムはキロ5分台に戻っていた。しかし、ピンク色のウェアを着た女の子にゆっくり追い越された。その子の背中が遠ざからないようにペースを上げた。次のラップタイムも5分台だったが、ピンクちゃんは行ってしまった。

だが、最後の一周における1キロ1キロを5分台でクリアするごとに、貯金の価値が高くなっていった。残り3キロになった時点で、どうやらなんとかサブ4は達成できそうだとわかった。

残り1キロになってからペースをさらに上げた。ランナーを一人追い抜いた。遠くにブルーシートやテントが見えてきた。時計は見なかった。苦しかった。6周目の時に「3時間30分です」と言っていたスピーカーから、「サブ4です」という声が聞こえた。

3時間56分でゴールした。思ったよりもギリギリだった。前半の慎重ペースと、6周目のゆっくりペースのためだろう。しかしガーミンを見てみると、6分台だったのは6周目だけで、平均ラップタイムは5分36秒となっていた。

鞄を置いてあるところへ行き、濡れタオルで体を拭いた。タオルは昨日冷凍庫で凍らせておいたのだが、溶けてぬるくなってた。上半身だけ拭きシャツを着替えてから、荷物をまとめて道の駅に向かった。

道の駅のトイレでタオルをゆすぎ、個室で足をタオルで拭き、下のウェアを脱いでジャージに着替えた。

柳生駅まで歩き、自販機でコーラを買ってホームで飲んだ。10分ほどして電車がやってきた。栗橋まで乗り、JRに乗り換える時にkioskでビールを買い、ホームで飲み、ひさしぶりのサブ4を寿いだ。

4時半過ぎ、高円寺に着いた。何か食べようと思った。フルマラソンを走ったあとは『王将』で食べて飲むことにしているのだが、高円寺には『王将』がなかった。
で、代わりに『日高屋』へ入った。餃子二皿とビールを頼んだ。隣の席に還暦くらいのおっさんがいて、出てきた瓶ビールがぬるいと店員に文句を言っていた。

餃子のほか、竹輪の磯辺揚げとメンマを食べたが、それ以上なにか食べようという気にはならなかった。

5時半帰宅。ぬるめの風呂に入ってから、改めて飲み直した。

4時間切りはしみじみと嬉しかったが、同時に、あれだけ走ってやっとこのタイムかというかすかな失望感もあった。とはいえ、本来なら10月24日にリタイアして終わっていたのだから、すぐにリベンジして結果を残せたのは良かった。特に、今年達成できたことが嬉しかった。

今回のレースはガチランナーが多かったため、180人ほどのフルマラソン参加者中、順位は100位以下だった。
しかし、10月24日以降の9日間で、タイムトライアルやペース走などスピードを重視したトレーニングができたのは大きかった。10月24日は、きっとあのまま走っていてもペースが落ちて、結局4時間切りは果たせなかったのではないかと思う。

次にマラソンを走るのはいつになるかわからないが、あまり間をおかずに走りたい。そして、次回こそは明らかにレベルアップしたタイムで完走したい。何しろ、過去フルマラソンで出したタイムで一番多いのが、3時間50分台なのだ。

11時前就寝。

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