初めての岩手

6時起き。朝飯に、余った味噌汁とご飯。

7時過ぎに家を出る。メトロで東京へ。8時前着。

JRの改札から中に入ると、各種店舗に開店待ちの行列ができていた。すでにあいている店はどこも混んでいた。

新幹線ホームのNewDaysで、缶コーヒーとアーモンドチョコを買う。

8時40分すぎのやまびこに乗る。

車中、小川哲『君が手にするはずだった黄金について』読了。表題作を含む短編集。今まで見たことのない文体。私小説で、主人公の『僕』は小説家、または、小説を書こうとしている大学院生。小説家の『僕』は、占い師をインチキだと見なしたり、元クラスメートのことを軽蔑しながら嫌いじゃないと思ったりする。作品の主題は、そんな主人公のパーソナリティではないか?

11時20分過ぎ、一ノ関で降りる。岩手県に来たのは初めて。今で、電車で通ったこともなかった。

宿にチェックインする時刻は夕方4時の予定だった。まずは昼飯を食べようと思い、東口で降りた。

チェックしていたレストランに向かおうとして、迷った。駅からそのレストランまでは、徒歩で15分くらいかかる。食べたとしても、チェックインまでそれから4時間近くある。その間、何をして時間をつぶせばいいのか?

レンタサイクルのことを思いついた。一ノ関駅前の観光案内所でやっているらしい。しかし、観光案内所は西口にあった。

東口から西口に行くには、入場券を買わないといけないらしかった。西口から出る時に払い戻してくれるんかいな、と思いながら入場券を買い、構内を抜けて東口改札で切符を渡すと、駅員にただお礼をされた。駅構内を通り抜けるだけで140円もかかるのは納得いかなかった。新幹線を降りて、東口と西口を間違えて出た人は、140円払わないといけないらしい。

納得いかなかったが、それも旅よ、と思い直し、観光案内所に向かった。

レンタサイクルの自転車は普通のギア付きママチャリだった。500円で一日レンタルをした。

西口からJRの線路に平行して北に500メートルほど進むと、JRの下をくぐるアンダーパスがあった。歩行者と自転車もそこをくぐると、駅の東側に行けるようだった。駅からは遠い。池袋でいえば、東口から西口に行くのに、線路沿いを北に歩いて池袋大橋を渡って、再び線路沿いを南に戻るような感じだ。

アンダーパスをくぐり、そのまま道沿いに自転車を走らせた。12時前、目当ての洋食屋『ソニアレーヌ』に着いた。

店は先客が二組だけいた。カウンターに座り、ランチの、『本日のおすすめ』を頼んだ。エビ、ホタテ、白身魚のオーブン焼きだった。非常に美味しかった。

12時半に店を出た。

夕方4時まで何をして過ごそうか考えた。自転車を借りたので、それなりに遠いところまでは足を伸ばせるが、明日はマラソンなので遠すぎるのは良くない。有名な観光地である厳美渓までは、そこから10キロあった。微妙な距離だった。

地図を調べると、鬼死骸停留所、という、観光名所を見つけた。旧国鉄バスの停留所跡らしい。『鬼滅の刃』にあてこんで観光地化したのだろうか。よくわからないが、名称のインパクトに惹かれた。で、行ってみることにした。

レストランから停留所までは、およそ5キロだった。観光案内所に戻るのにまた5キロ。往復10キロくらいなら、明日にも影響はないと思った。

多少の上り坂はあったが、電動ではない普通のママチャリでも問題なく漕げた。途中、鬼石というものを発見したが、地面に埋まったでかい石というだけで、ものは言いようだなと思った。

鬼死骸停留所の建物は古めかしくて雰囲気があったが、どことなく、作り物の美術めいている感じもした。国鉄バスなんて、1987年以前のバスだろう。その後、この停留所の建物はずっとあったのだろうか? きちんとメンテナンスしていないと崩壊するはずだ。

写真を撮り、まあまあ満足したところで、駅に向かうことにした。

駅の西口まではずっとゆるやかな下り坂になっており、ペダルをほとんど漕がなくても良かった。

西口に着いたところで、一関図書館が気になった。観光地としてではなく、普通に図書館として気になった。

で、向かってみた。

図書館は市民ホールに隣接していた。中に入ると1階にカフェがあった。図書館は2階のフロアだった。

図書館はとても広くて、自習室や飲食室があり、閲覧用の机と椅子も沢山あった。あいている席に座り、石井妙子『原節子の真実』を読んだ。

そのまま、3時半過ぎまで本を読んだ。いい図書館だった。

3時半過ぎ、図書館を出ると、外は猛烈に暑くなっていた。

自転車を返却し、先ほど自転車で渡ったアンダーパスのところまで歩いた。

東側に抜け、レストランに向かった時と同じ道を歩いた。宿は、レストランの手前にあった。

4時前、ホテルにチェックインした。

夕食を取る店は、ホテルから徒歩5分くらいのところにあった。開店時間が夕方5時半だったので、部屋で本を読んで時間をつぶした。

5時15分過ぎにホテルを出た。外はもう、それほど暑くなかったが、まだ明るかった。

住宅地の間の道をゆっくり歩いた。途中、田植え直後の田んぼがあった。夜になると蛙の鳴き声が聞こえそうだった。

5時半を少し過ぎて、目当ての店『一福亭』についた。うどんのセットを食べるつもりでいたのだが、入って早々店員さんに、うどんは昼で売り切れたと言われてしまった。

唐揚げ定食のご飯大盛りを頼んだ。なぜかソースの瓶を持ってきてくれた。つけてみたが、味変として1個くらいにつけるにはいいかもしれないと思った。

食べ終わり、6時15分頃に店を出た。すこし薄暗くなっていた。近くのダイソーに寄り、ソックスを買い、ホテルまでゆっくり歩いた。

シャワーを浴び、あとは寝るだけとなってから、ベッドで『原節子の真実』の続きを読んだ。原節子は、小津安二郎作品について、それほど好きだとは思っておらず、世間的にはあまり評判の良くなかった黒澤明の『我が青春に悔いなし』は、むしろ気に入っているという部分が、非常に興味深かった。

黒澤明は他に『白痴』で原節子を起用しているが、これは、当時、大失敗作と見なされ、もしその直後に『羅生門』で金獅子賞を受賞していなかったら、映画監督のキャリアも危なかったという代物だった。

しかし本書を読むと、黒澤さんが描こうとした女性像は、原さんの女優観と、むしろ一致していたのかもしれないと思えた。

だとすると、その後の黒澤作品で、主に香川京子や山田五十鈴が演じていた訳を、原節子が演じるという展開もあり得たのだ。これは、想像するとなかなかゾクゾクする。

しかし現実には、原節子がそこまで枠をはみ出した役を演じる機会はなかった。むしろ、はみ出すことを世間が拒絶していたのかもしれない。

9時前就寝。