『昨日の世界』読了

7時起き。朝飯に豚汁、目玉焼き、ソーセージ食べる。
父のiPhoneのアップデートをして、母のiPhoneにラジコが入っているのを教えた。使い方を教えようとしたが、文字が小さすぎて、説明するのに気が引けた。

午前中、新ツールが担うはずだったサービス開始時期が延期となった知らせをメールで読んだ。ずっこけそうになったが、もう一件抱えている既存ツールに時間を振り分けられることになったし、新ツールは大体のところはできたので、結果オーライだと思った。

で、今日は一日中既存ツールの作業をした。依頼表を見つつ、やりかけていたところから再開する。しかし、何年も人から人に渡って改修を繰り返していたツールなので、ひとつのプロシージャが呼び出す関数が、あっちへ行ったりこっちへ行ったりで、まことにわかりにくい。整理整頓したい欲求に駆られるが、こちらは今月作業が来週にあり、それまでに改修をしなくてはならないため、取り急ぎのことしかできない。
なので、取り急ぎのことをやってから、来月にかけてじっくりとリニューアルをしようと思った。

昼、フライドチキン、そら豆食べる。

『昨日の世界』2巻読了。
第一次大戦後のオーストリアは、ハプスブルク帝国としてのあり方が解体され、かつての領土はそれぞれが独立し、本国は資源も工場も持たない小国になってしまった。インフレと物資不足は国民を苦しめた。まるで対二次大戦後の日本のようだ。
しかし、時間差でのちにドイツを襲う超インフレに比べるとまだマシだったらしく、ドイツがそうなった頃、オーストリアは戦後の痛手からやっと回復を始め、ほっとひと息つきつつある状況だった。
ツヴァイクは、第一次大戦後に文名を上げ、世界でもっとも多くの言語に翻訳されている現役作家になった。どこへ行っても名士のような扱いを受けた。そのことを誇らしく思うこともあったが、作品は有名になっても作家個人としては無名でいたいと思った。
住んでいたのはザルツブルク。国境を越えるとミュンヘンがあり、ヒトラーのミュンヘン一揆も同時代人としてニュースを聞いていた。
ヒトラーはそのまま失脚するだろうと思っていたが、数年後、ナチス党の青年達が社会民主党の集会に警棒を持って殴り込みをかけるのを目撃し、制服の新しさや青年達の訓練された動きに驚く。そして、誰かがヒトラーに金を出しているに違いないと思う。
それにも関わらずツヴァイクは、ナチスが政権をとるようになるとは思っていなかった。それは彼だけでなく、当時の理想主義的知識人はみんなそうたったという。
理想主義の典型的敗北として、英国のチェンバレンとヒトラーのミュンヘン会談について書かれていた。すでにツヴァイクはドイツ語圏から追い出され、亡命者となっていた。それゆえに英国の人々がまだヒトラーと合意できるはずだと思いこもうとしているところに、かつての自分達の態度を重ね、平和を願う人々は信じたくないという心理が勝るために現実主義者に敗れる現象を、苦い思いで見つめていた。
歴史的には、ラインラント進駐、オーストリア併合ときて、ミュンヘン会談によって第二次大戦のフラグが立ったといえる。しかし、ツヴァイクの書いたとおり、第一次大戦を経験したからこそ、イギリスもフランスも戦争への忌避感が強く、それゆえヒトラーを止められなかったのだ。
ツヴァイクは結局、亡命者として祖国の外で、ナチスがヨーロッパを蹂躙していくニュースを聞いているしかなくなってしまった。やがて第二次大戦が始まると英国からブラジルに移り、そこで『昨日の世界』を著したのだ。

午後、引き続きツール改修。来週リリースのめどが立った。

7時帰宅。
夕食に、牛肉ともやしの炒め物食べる。

発表の稽古をし、Oracle DBAの書を読む。

昨日、Dropboxに保存していたと思いこんでいた過去の台本フォルダが見あたらないことに気付いた。今まで書いた台本が全部消えたのかと思ったが、別のクラウドサービスに保存していたのがわかった。
で、改めて中身を確認し、六年前にやった『ウーララ』の台本をざっと読んだ。六年も経つと、色々な箇所に無駄な部分を見出せる。冗長さ、しょうもなさ、くどさなど。このまま放っておくと、さらに古びてしまうので、手直しをした。

1時過ぎ就寝。

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