宗教心が芽生える瞬間を読む

4時起き。

トマトを収穫する。6月末から7月上旬は収穫の最盛期であるが、今年は中型トマトなので数が多い。

葉の枯れが進行している。やはり土日の二日連続真夏日による容器の水位低下で水が悪くなったか。
今週は水位に気をつけているが、いったん悪くなると際限がないというのが過去の経験からいえることだ。
ただ、茎単位で考えると、水質悪化で枯れが進行した2017年や2020年に比べると、昨年同様今年も茎の本数が多いため、枯れる茎と無事な茎に分かれるのではないか思う。生き残る茎さえあればいい。

朝飯に、ご飯、納豆、にらの味噌汁。味噌派、昨年6月に仕込んだ味噌を使った。5月ではない。6月。
5月に仕込んだのは大豆を茹でてつぶして仕込んだもので、普通の味噌。6月に仕込んだのは、きな粉を水で溶いて仕込んだもの。
味噌汁は、普通に味噌汁の味だった。とりあえずきな粉の味噌作りは成功した。

7時50分に家を出る。

昨日『存在と時間』7巻を読み終えた。4月、5月、6月と一冊ずつ読了している。最終刊8巻はすでに届いた。こいつを今月中に読み終えられたら、なんとか一年で読み終えたことになる。

『二つの祖国 中』読み進む。戦争が終わり、賢治は極東裁判の通訳モニターになる。
二つの祖国の間で日系二世が葛藤するというのが物語のテーマであるが、ディテールである極東軍事裁判場面が面白い。

昼、『てけてけ』のランチ営業で、チキン南蛮定食食べる。

夕方、春日にて本読み会に参加する。久々の対面方式だった。
テキストは矢代静一『夜明けに消えた』

矢代静一を読むのは初めてだった。本読み会でも過去取り上げたことがないらしかった。
蒸発した『ノッポ』というモデルが送ってきた手紙を、送られた友人の『男』が紹介していくという構造で、手紙が戯曲形式であるため、劇中劇になる。しかし、劇中劇が途中から全体を侵食し、メインの物語になっていた。
劇中劇部分のストーリーは、ノッポが信仰する人になる顛末であるが、同時にラブストーリーになっている。惚れた女はノッポより神に夢中で、神を通してノッポを愛しているのだが、ノッポとしてはそんなもの通されたくない。女は、自分に岡惚れしている『熊』という男の逆恨みを買い、弾圧されて大火傷を負うのだが、殉教者にはなりきれず、苦痛に悲鳴を上げ許しを請う。女のそのような挫折を見たくなかったノッポは、女が快癒するよう、恐る恐るといった感じに神に祈る。

矢代静一が洗礼を受けた前後に書かれた戯曲で、キリスト教の信仰と切っても切れない作品、というのが作品のプロフィールらしかったが、読んでいる時に特定の宗教について意識することはなかった。むしろ、普遍的な意味での宗教心を人が持ち、取りすがるようになるのはどういう時なのか、その心理が繊細に描かれていて、感情を揺さぶられた。

9時過ぎ、会は終了。

サミットに寄り、きゅうり、ビールを買い、コンビニでポテトチップスを買った。

10時過ぎ帰宅。ビールを飲み、きゅうりに力士みそをつけて食べた。

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