連休最後にラーメン二郎

唐十郎が4日に亡くなった。そのニュースは昨日知った。

昨年5月、花園神社へ『透明人間』を見に行った時、車椅子で観劇しておられた。カーテンコールの時に「作、唐十郎!」と呼ばれ、スポットが唐さんに当たると、客席が大いに拍手していたのが忘れられない。唐さんは車椅子から立ち上がって、お客さんに手を振っていた。その後の公演も見に来られたのかどうかは知らないが、あれは、幸せな瞬間だったと思うし、そこに立ち会えたことを嬉しく思う。

昨日までの、ニュース速報的な記事とは違って、今日は、唐さんのことを良く知っていると思われる人々による追悼記事が、各新聞社のサイトに掲載されていた。

夜中の2時に起きてしまった。たった2時間しか寝ていなかった。疲労感が眠気と連動していなかった。

4時半、外が明るくなるまで起き、スマホで木村カエラを聞いた。公式Youtube でMVを見たことがきっかけだが、びっくりするほどハマっている。

明るくなってきてから眠り、8時頃に起きた。

曇っており、風が強く吹いていた。メロンは、新しい葉が二枚育っていたが、古い葉がカラカラに乾いて枯れていた。

ラーメン二郎が食べたいと、不意に思った。一番近くにある二郎は荻窪店だ。連休最終日も営業していることをTwitterで確認した。

10時50分、家を出て、荻窪の二郎に向かう。半袖短パンで自転車に乗ったが、風のため結構寒かった。

11時10分に店に着き、列の最後尾に並んだ。11番目だった。待っている間、町田康『口訳古事記』を読んだ。大国主命が、兄たちにやたらに殺されるところが可笑しかった。

食券を買ってから10分ほどでカウンターに案内された。豚1枚を頼み、トッピングはにんにくヤサイにした。

食べている途中で、豚2枚にしなくて良かったと思った。最近、胃を小さくするような食生活をしているため、途中で腹がパンパンに膨れて苦しくなっていた。

一緒のタイミングで案内された他の客3人より遅れて食べ終えた。

連休中にラーメン二郎へ行くことが多い。「連休だし、二郎行くか」という思考のたどり方をしている。「だし」ってのが、よくわからない。正月でも夏休みでもなく、なぜ連休なのか。

夏休みには、同じような思考のたどり方で、「ホープ軒行くか」となる。真夏に二郎を食べたいと思ったことはあまりない。

初めてラーメン二郎を食べたのは1995年の10月。吉祥寺の、その後『生郎』になった二郎だった。注文の仕方に戸惑ったが、連れがオレの分も注文してくれた。「小ダブ・カラカラ・ヤサイマシマシ・ニンニクアブラとうがらし」だった。ダブはダブル、カラカラはたぶん、返し追加だろう。

この時に食べた二郎が、結局のところ、今までに食べた中で一番美味しかった二郎だ。年齢のこともある。若かったし、いくら食ってもすぐ腹が減った。

三田本店に行けば、たぶんその時に食べた二郎と同じ味が食べられるのだろうが、老いさらばえた今食べても、当時の悦びは感じられないだろう。母が語る『ホームラン軒』の思い出と一緒だ。現在の『ホープ軒本舗』のことだが、戦後間もない頃から昭和30年代にかけては『ホームラン軒』の名前で都内各所に店を出しており、母の実家近くの新宿にもあったという。具なんか全然ないのに、本当に美味しかったと母はしつこく述懐するのだが、吉祥寺にある『ホープ軒本舗』のラーメンを今の母に食べさせても、失望するだけだろう。変わったのは味ではなく、自分なのだ。

サミットでホッピーとキンミヤ焼酎を買って帰宅。すぐにベッドに横になった。

そのまま、4時間も寝てしまった。起きると4時半だった。

二郎が胃の中で存在感を主張し続けていたため、夕食はなし。

夜、巨人ー中日戦をラジコで聞く。0-2でドラゴンズがリードしていた。解説は岩瀬だった。岩瀬はなぜか、いつもネガティブなことを言うので、勝っていてもハラハラする。

8回表の攻撃で巨人が無得点だった瞬間、勝ったな、と思ってしまった。ライデルの出番。

井上尚弥の試合を見た。第1ラウンドでプロ初のダウンを喫していたが、スリップしただけのようにも見えた。6回に3つめのダウンを奪い、TKO勝ちしていたが、この強さは何ごとだろう。

12時就寝。しかし、昨日に続いてよく眠れず、起きてスマホをいじっていた。よくない夜ふかしだった。