浦安三社祭

6時起き。プランター、植木鉢の水やりをし、洗い物をし、排水口の掃除をした。

朝飯に、冷やしておいたポテトスープの残りを食べた。

9時過ぎ、自転車で図書館へ。和田と南台で予約した本を受け取る。

昨日の朝からうどんが食べたい気持ちが続いていた。方南町近辺に立ち食いそばはないか調べたが、なかった。以前は地下鉄の出口にあった。

『池本屋』へ行き、肉うどんを食べた。つゆは牛丼のタレみたいに甘辛かった。

10時半帰宅。

浦安の三社祭に行き、写真を撮りたかったので、一眼レフ OM-2 にフィルムを入れようとしたが、まだ撮影途中のものが入っていたのであわててしめた。がっつりあけなかったが、おそらく感光してしまっているだろう。何をやっているんだオレは。

入っていたフィルムは、おそらく今年1月に喜多方などに行った時のものかもしれない。撮影枚数は30枚くらいになっていた。とっとと残りのフィルムを使って現像に出しておくべきだった。

とりあえず、あと6枚くらい残っている部分をテキトーに使ってしまおうと思い、露出をオートにしてトマトを撮影した。すると、ミラーアップしたまま固まってしまった。

電池切れかと思い、電池を入れ替え、リセットをしたが、レバーは固まり、ミラーもアップしたままの状態になってしまった。

結局、OM-2 を持っていくのは諦め、PENTAS ME Super に、白黒フィルムを入れた。

トマトの第一果を収穫した。実際は3個なのだが、二つの実が癒着してひとつになってしまったので、個数カウントは2個とすることにした。今回と同じ品種『こいあじ』を過去栽培したのは2020年だったが、この時は第一果を6月14日に収穫しているから、1日遅かったことになる。

1時過ぎに家を出る。

2時半、浦安に着いた。宮前通り沿いの歩道は屋台が延々と連なっていた。

境川の手前で町神輿を見かけた。担いでいるのが女性陣だった。「まえだ、まえだ」の声とともに神輿は川沿いを往復し、担ぎ手が男衆に変わると、再び同じルートを往復した。

宮前通りを南に向かって歩いた。屋台はかなりの長さに渡って続いていた。

堀江のさくら通りまで歩くと、さすがに屋台はもう切れていた。さくら通りには、ちょうど『宮入り』するタイミングの神輿があったので、それを見物した。他に、待機中の神輿もあった。

新中通りを境川まで戻った。途中で屋台が再びちらほら出始め、境川あたりは道が歩きにくかった。

猫実の町内会広場あたりを歩くと、すでに帰着した神輿が安置されていた。広場には人がたくさんいた。町によって、人の数や広場の大きさが違うようだった。

最初に見たギャル神輿が往復していた庚申堂のところへ移動する。そこから駅への道は、両脇に提灯がぎっしりと並んでおり、浦安北部から戻ってくる神輿はそこを通るようだった。

町内会神輿ではなく、三社のいずれかから発したであろう神輿が、ちょうど戻ってきた。さすがに、神輿の大きさや、見物する人の数は、町内神輿より多かった。

他の神輿も、その道を次から次へとやってきた。一眼レフに入れた36枚の白黒フィルムは、ここで使い切った。悔いなし。

4時半を過ぎていた。祭の雰囲気をたっぷり味わえて、気分が高揚していた。

西葛西へ。

Y’S martで、鮭、大葉、きゅうり、冷やし中華を買い、5時過ぎに実家帰宅。

夕食に、冷やし中華を作った。

母に、スマホで撮影した三社祭の動画を見せた。

夜、ツイキャスで、『水道橋博士VS東野幸治with吉田豪vol.4』見た。

今回は、ダディの優しさがひときわ目立つ回だった。それは相対的なもので、会の進行、ゲストとのトークなど、全体の進行に対しダディがいつも通りであったことにより、際立っていた。序盤、博士にもらったたくさんのTシャツのうち、2枚は客席にいた松村邦洋と掟ポルシェにあげたいと言ったところなど、さりげないけど、掟さんとか嬉しかったのではないか。

ゲストはなべおさみ。芸能史的に超大物で、『シャボン玉ホリデー』など1960年代のバラエティ番組について生き証人として語れる、数少ない人である。しかし、イベントの趣旨としては、東西芸人スキャンダル列伝であり、なべさんがゲストで来たのも、なべやかんの替玉入試にからめたキャスティングであったわけだろう。

ダディは、なべさんの話を、心底興味を持って聞いていた。人の話にちゃんと興味を持つことだできることが、東野さんの持つ最良の資質だと思う。芸人の先輩だから気を使ってそうしているわけではないのだ。その証拠に、替玉入試自体は良くないことだという立場を、なべさんを前にしても最後まで崩していなかった。

12時半就寝。