朝6時半起き。
昨日買った10枚切りの食パンで卵サンドイッチを作った。
失敗。
卵をレンジでチンしたのだが、黄身のほくほくした感じがなくなってしまった。
鶏胸肉のグリルを久々に作り、薄くスライスしてタッパーに保存。
6切れだけサンドイッチの具にして鞄に入れた。
弁当には足りないが、足しになる。
8時半から仕事。
人がデータベースを使っていない時間帯こそ、色々な作業ができる。
人知れず、修正作業をやっている。
もともとは、オレではなく、昨年までいたTさんが意図したものだった。
いわく、3つあるものを一つにするとか、集計機能をつけるとか、軽量化するとか。
そのために、オレは前触れなく今のチームに移籍した。
それはいいんだけど、Tさんは11月に別チームへ移動してしまった。
Tさんにしてもオレにしても、はしごを外された形だ。
「改修したいからオレ呼んだのに、あんた、どっか行っちゃうんかい」
改修作業は、続けなくてはいけないらしい。
何のため? 誰のため?
わからないが、やらねばならぬなら、とっととやってしまえばいい。
で、先週あたりからプランを練り、今日はテスト用のものを試してみた。
ところが作業をしていると、現行のものの修正依頼がやってくる。
依頼をこなすと、新しく作っているものが、古いバージョンになってしまう。
他にも、あちこちから依頼やエラー報告がきて、都度対応したのだが。
色々、考えさせられた。
こういうことは、8年前から変わっていないのだ。
まだ、続けるのかオレは?
契約について話し合う時がきたかもしれない。
ビジネスに徹し、否か応かで判断してみよう。
夕方、自席のパソコンを片付けて、新年コンパのために机をあける。
乾杯後、ケータリングのつまみを一品ずつ機械的に食べ、缶ビールを飲む。
途中、内輪ウケのスピーチが数回。
6時過ぎに退散する。
実家へ。
年末と正月にそれぞれ二日以上帰ったせいか、久しぶりという気がしなかった。
冷蔵庫、新しくなっていた。
マンションの相続について話す。
両親のどちらかが亡くなったら、オレには実家に引っ越してきて欲しいらしい。
即答できる話ではなかったが、考えておかねばならない。
芝居の稽古が忙しくない時は、実家に週一くらいで帰るということを、かれこれ15年近く続けている。
両親のどちらかが亡くなったら、そのペースを上げることはあるかもしれないが、実家に住むという選択は考えられない。
たまに帰るから気遣いができるという面がある。
日常になってしまうことで、大事なものが壊れてしまうんじゃないだろうか。
実のところ、父よりも母が残された方が心配だ。
父は何だかんだいって、一人の生活に適応していく気がする。
母は、5人兄妹の末っ子で、一人暮らしをしたことのない人間だ。
まったく、予想がつかない。
じゃあ、オレが実家に引っ越して、母と息子暮らしをするのか?
無理だろう。
趣味嗜好、生活スタイル、何もかも違いすぎる。
両親二人とも亡くなったとしたら?
それでも、西葛西に住む自分の姿が想像できない。
4才から22才まで住んでいた町だけれども。
実家のADSLが遅くなっていたのだが、サポートセンターに電話して回線調整をしてもらったら、元の速度に戻っていた。
300kbpsが、6Mbpsだから、20倍速くなったことになる。
というより、今まで20分の1遅くなっていたのだ。
6Mbpsくらい出ていれば、映像を高画質で見ない限り十分だと思った。
『日米開戦と情報戦』読了。
1940年から41年にかけて、日米で行われた外交交渉を、情報をどのように判断材料に使ったかという観点で論じたもの。
開戦に至った経緯が、これほど詳細に書かれた本は珍しい。
生の情報であるインフォメーションは、必ずしも正しい判断を導く役に立つわけではなく、太平洋戦争においてはむしろ開戦を促進してしまったという。
戦争をやめるためには、判断するためにインフォメーションを加工したもの、すなわちインテリジェンスが重要であることはわかった。
わかったからといって、戦争が起きないようにするにはどうすれば良いのかが、結論づけられているわけではない。
むしろ、戦争は常に起こりうるということが実感できた。
反対すればそれで済むわけじゃないのだ。
起こりうるということをシビアに認識し、インフォメーションに惑わされない方法を考えつつ行動することが、新しい平和運動になるかもしれない。
その前に、基本的考えが共有されるべきで、つまりは教育の問題になる。
なんだか、すべての問題は教育に起因しているような気がする。
携わる人間に責任を糊塗するのではなく、基本理念のアップデートをどうするかという問題だろう。
このままで済むはずはない。