調子が悪い時

 目のチック症状が止まらない。こんなことは初めてだ。
 たとえば徹夜でゲームやったあとならわかる。しかし今回は思い当たるフシがないのだ。
 医者に行くほど大げさな問題でもないし。
 しかし、朝出かける時に電車の中で、チック症状とうつ病が関連しているとかいう健康雑誌の見出しが目に入り、イヤな気分にはなった。

 気分がずっとすぐれないのは事実なのだ。
 体の調子ももちろん悪いのだが、どこがどう悪いのかと聞かれると返答に困る。
 なんとなく具合が悪いとしか言いようがない。
 特に朝がひどい。
 もともと宵っ張りで朝は苦手なのだが、最近は起きた時にものすごくテンションが低い。
 たとえは悪いが、コカインが切れた時のジャンキーみたいな感じ。

 布団に出るのがイヤになり、そのまま寝続けてしまうのが、落ち込んでいる時のパターンだった。
 ところが最近はそういうことがないのだ。
 気分が暗いまま起き、布団をとり、外出する。
 体が勝手に動く。

 だから別段落ち込んでいるわけでもないのだ。
 ただ気分が悪い。何となく悪い。
 こういうのが一番困る。
 気晴らしが見つからないからだ。

 それでも正午を過ぎればある程度元気を取り戻す。
 これは、昔からそうだった。
 ぜんそくを患っていた子供の頃も、発作が起きたのは必ず朝だった。

 今日も昼を過ぎてからなんとなく調子を取り戻し、夕方実家に帰った。
 風呂に入ったとたん、ぐったりした。
 なにもする気がしなくなった。

 それでも気晴らしの意味で買ってきた牛肉のブロックをローストビーフにした。
 特に食べたいわけじゃなかったのに、なんと、今までで一番うまくできた。
 気分が悪いのにうまいと感じたのだから、元気な時なら一息に平らげたことだろう。

 なんてことを書きながらも表向きは波風のない日常をこなしている。
 叫び声もあげたりしないし、部屋の隅っこに座って一点を見つめるなんとこともしない。
 気分悪いと感じつつ、過去の辛かった頃と比べると、やはり現在の自分はふつうとしか言いようがない。
 地味に調子が悪いだけだ。

 厄介なのはそれが結構長く続いていることだ。
 いつもなら気分の落ち込みはもっと深く、その代わり期間は短いのだ。

 落ち込む要素がないのに心が勝手に落ち込みたがっている可能性がある。
 ある意味、刺激を求めているとも言える。
 金を落っことすとか、試験に落ちるとか、仕事をしくじるとか、そういった現実的な要因をまるで滋養であるかのように、心が求めているのかもしれない。
 ネガティブな要因を食った心は満腹すると、コントロール下にあった俺を解放するというわけ。
 解放された俺はそれまでの怠惰な日々が嘘のように活動的になり、ばりばり働く。

 そういうことが、これまでの人生で、たぶん130回くらいあった。
 「パラサイト・イブ」では、ミトコンドリアを寄生体として扱っていたが、心だってそうじゃないかと思う。
 自分の心が怖い。
 自分なのに、他人がいるみたいな感じがする。
 他人の心はまったく怖くない。
 他人の中にある、他人だからだ。

 そんなことを延々と考えていたら案の定変な夢を見た。
 寝ている自分の周りを色とりどりの顔が、古いコンピューターグラフィックスのようにランダムに出現し、俺に向かって「東京なんとか!」と叫ぶのだ。
 なんとか、がなんだったのかは思い出せないが、意味がある言葉ゆえに意味のない言葉だった。
 つまり、なぜその言葉を?みたいな。
 で、「東京なんとか!」と口々に叫んではランダムに出現する沢山の顔に「やめてくれえ」と弱音を吐きながら、深い眠りに落ちたのだった。