夕べは、というか夕べも寝つきが悪く、3時台に一度起きてしまったので、メラトニンを飲んでまた寝た。
7時半に起きたが、よく眠れていなかったので、作業に間に合うギリギリの時間まで寝た。
9時16分起き。9時半から作業。
午前中は散々だった。やる気がまったく出なかった。鬱というわけではないので、落ち込みはしなかったが、精神がふにゃふにゃしているのを実感した。
昼、なんとか持ち直し、昼飯に、ご飯、漬物、納豆、味噌汁食べる。一汁一菜に納豆つき。
図書館へ行き本を返却し、サミットで豆腐などを買う。
午後、午前中よりはややマシだったが、本調子ではなかった。本調子を「明日から本気出す」だとすると、「最後に本気出したのはいつだろう…」と遠い目になる感じだった。
それでも、久しぶりに音羽屋さんからの依頼メールを見て、内容を把握し、返信した時は、がぜん、外面の良さをアピールすることは忘れなかった。いつだって対応しますよ、みたいな感じに。
セキュリティ設定関連の会議を経て、音羽屋さんと再度メールで調整をし、本日は終了。
夜、よだれ鶏とぬか漬けでご飯。
生ゴミを埋めるための植木鉢がまた少し掘り起こされていた。昨日見たときは穴がなかったので、昨夜から今日にかけて、ネズミがやってきたらしい。今回はデスモアを食べたあとがあったので、ネズミであることは間違いない。最後に植木鉢に生ゴミを植えたのはひと月以上前なので、おそらくもう分解されてしまい、掘ってもなにも出てこなかったのだろう。で、ずっと置いてあるデスモアをケータリングみたいにつまんだということではないか。
ぬか床に新しいぬかを足した。古いぬかを5分の1ほど捨ててから足したので、水分で緩くなっていたぬか床がだいぶ固くなった。緩くなった時に新しいぬかを足すことはこれまでもやってきたが、今回はかなりの量を足した。たぶん、月に一回くらいはそうやってぬかチェンジをした方がいいのかもしれない。
書き忘れたが、昨日、『国境デスロード』の8話目後編を見た。アメリカとメキシコ国境の移民レポートだ。
国際移民デーには、もしかするとゲートが開かれるのではないかという噂を信じて、移民達は国境付近に移動する。しかし、夜中の12時になって日付が変わってもゲートが開くことはなく、アメリカ側の警備兵達は移民の訴えを無視している。
鉄条網が張られた金網の近くに行くため、気温0度というのに川を渡る移民達もいる。撮影しているプジョルジョくんも川に上半身までつかってそばに行く。
結局、訴えは届かず、移民達は入国を諦める。
プジョルジョくんは、その日までしか部屋を借りていなかった家族たちの取材を続ける。亡命は失敗し、アパートは出ていかなくてはいけないのに、家族の一人ガブリエルは明るく笑っていた。泣いたって仕方がないなら、笑った方がいい。笑えば気持ちが明るくなる。その笑顔は、いのちが燃える時の輝きのように見えた。
ガブリエルはベネズエラの大学を卒業し、新聞記者をやっていたが、政府を批判する記事を書いたため投獄されたのだという。インテリなのだ。
アパートを出た家族は、国境ゲートに集まるアメリカ人が乗った車を目当てに、物乞いをする。大人も子供も。アメリカ人の中に、移民のメキシコ人を仕事で雇っている男性がおり、お金を恵むだけでなく、子供たちにアイスを驕って、プジョルジョにサムズアップしていた。ナイスガイ。
その家族は亡命できなかったが、20人ほど亡命に成功した人もいたと、コロンヒア移民が後日談を語った。しかし、彼に話を聞いている時、プジョルジョくんが雇っていた現地ガイドがマフィアに何かを聞かれていた。コロンビア人は「後ろを向くな」と注意する。プジョルジョくんがガイドのところへ戻ると、マフィアは上機嫌で全員の写真を撮り、行ってしまう。車の中でガイドは、これ以上何も聞くなと言い、写真のことについけは答えてくれなかった。後で聞くと、写真を撮られたプジョルジョくんは、もう一度この町にきたら、命はないのだそうだ。ここで取材は終わった。
すごい番組だった。後編のゲストはひろゆきだった。入国に関する情報を知るなら警備兵に聞いてもしかたないとか、移民がとっている行動についてコメントしていた。本心というよりは、『ひろゆき』というキャラを演じるため、そんなことを言っているようにも見えた。
よくあるドキュメンタリーの作りだと、亡命に失敗し、彼らはこれからどうするのか、という時点で映像を終わらせているだろうが、プジョルジョくんはその後の家族につき合い、一緒にご飯を食べて、軽口をきいて、笑いあい、移民の日常を同じ生活者の視点でとらえていた。そういうドキュメンタリーは今まで見たことがない。
中居問題について、フジテレビが夕方から記者会見を開いた。先日行った会見の仕切り直しだった。
見ようと思ったわけではいのだが、夕方4時頃に始まったのに、夜8時を過ぎてもまだやっているニュースを見て驚いた。4時間を越してまでやる意味があるとは到底思えない。
と思ったら、夜10時を過ぎてもまだやっていた。さすがにそれはないだろう。際限なく時間をかけて、ダラダラ質問する権利があると、記者達は思っているのか? 会見の時間が短すぎたら、満足に質問できなかったという文句もいえよう。だが、6時間もかけて、記事を書くのに十分な取材ができないというのは、それは、知的作業の能力に欠けているとしかいいようがない。
なんと、会見は夜中の0時を過ぎても続いていた。あまりのひどさに、Xで記者に対する文句を吐いた。「国民は見てますよ」とか、正義面した怒声を発した記者もいたようだが、その通りだと思う。見てるよ。記者を。その能力を。
これだけ長い会見をして、明日、どんな記事が書かれるのだろう。「長いのに得られることの少ない会見だった」みたいな記事は論外だが、もちろんそんなことはなく、会見の長さに見合った論考で、さすがにプロのジャーナリストだなあと我々を感心させてくれる記事を、各マスコミがまとめてくれることは間違いないだろう。期待に胸を震わせて眠ることにしよう。