二つの仮面

 昔は、芝居の本番が来る頃には世間の出来事から遠ざかっているのがあたりまえのことだった。
 が、今は特殊な状況にいる。
 仕事の関係で新聞をやたらと読むせいか、社会情勢に詳しくなる一方で、本番の方は本日中日を迎えるといった状況。
 自分が二つの人格へと乖離していくのをうっすらと自覚する。
 一つは、社会と交わりを持つ自分。
 もう一つは、新宿の片隅で、衣装を身に着けて芝居をする自分。

 街に影ができると、そこには日向に出られぬ人々の情念がはびこる。
 そういう意味で新宿は、情念の温床となる条件に満ちている。
 目の前を自転車で通り過ぎる女子高生にさえ、思わず「がんばって生き抜けよ」と声をかけたくなる。
 が、きっとそれは郊外に住む者のみがもち得る偏見だろう。

 楽屋にて着替えをしていると、伊原さんがお約束。
 「ドカ君、元気?」
 「ええ、元気です」
 伊原さんの方こそ、手術から日が経ち、元気を回復しているように見える。
 来年の桟敷童子では、役者として完全復活だろうか?

 回転OZORAの森さん観に来る。
 色々話を聞きたかったが、終演後のばたばたで果たせなかった。

 受付をやってくれている山崎と、今日しか安心して飲める日がないというオギノ君と3人でさくら水産にて飲む。
 オギノ君は昨日飲んだ時も、
 「ドカさん、17歳から18歳くらいの、ロシアの美少女のヌード情報、ありませんか」
 などと聞いてきたのだ。
 知るわけねえじゃねえかそんなもん。

 今日は今日で、山ちゃんをはさんでおっぱい話。
 「俺たちは、1ピース欠けたジグソーパズルなんだよ。そして、その足りない1ピースが、おっぱいなんだよ」
 突然、他のテーブルで飲んでいた伊原さんが来た。
 「なんだ、結構飲んでるじゃない。元気?」
 俺たちのテーブルは、トイレのすぐ近くにあったのだ。
 伊原さんは「元気?」を繰り返すと、自分のテーブルへと帰っていった。
 やはり、伊原さんの元気こそ、回復していると見た。