役者と徴兵

 3年前に買った静電気防止グッズは今でも愛用している。
 握っていれば、体にたまった静電気を多少なりとも放電してくれるという。
 だがそれよりも、その防止グッズでドアノブなどに触れた方が、どうやら効果的らしい。
 一度そうやって静電気を流してしまえば、ノブに触れてもバチッとこない。

 触れ方も良く考えた方がいい。
 静電気がバチッとくるのは、大抵指先で金属に触れた時だ。
 触れる面積が狭ければ狭いほど、電気抵抗は増大するという理屈が当てはまる。
 だから、金属にはなるべく手のひらを大きく広げ、多くの面が触れるようにすれば、たとえバチッときたとしてもそれほど痛くはない。

 静電気に悩まされるようになったのは3年前からだ。
 カーペットが敷かれ、暖房のよく効いたオフィスでデスクワークをしていると、みるみるうちに体内に静電気がたまっていった。
 コピーした書類を手渡しする時に、その紙を通してバチッときたことさえあった。

 だが、静電気そのものは実はそれほど痛いわけではないのだ。
 不快には違いないが。
 むしろ、自分が日頃感じているストレスなどが、軽い神経症のような形で現れたのが、静電気恐怖症だったのではないかと思う。

 最近では滅多にバチッと来なくなった。
 オフィスがリノリウムだからかもしれない。

 冬場、ひなたぼっこをしていた猫を撫でると、静電気がバチッとくるという。
 猫は驚いて逃げるらしい。
 人が撫でてそうなるのだから、鉄柵に触れた時なども、猫はバチッとくることがあるだろうか。
 だが、彼らの肉球は冷たく湿っているから、あまりそういうことは起きないかもしれない。
 恐る恐る鉄柵に触れようとしている猫など、見てみたいものだが。

 昼、歯医者へ。
 右上の歯に金属を詰めた。
 これで全ての治療が終わったと思っていたら、左上の歯と歯の間、外からは見えないところにも小さな虫歯があるという。
 レントゲン撮影でわかったらしい。
 「小さいので、ちょっと削って金属詰める感じで、2回で終わると思いますよ」
 先生は言った。

 診察券には今までの治療日がボールペンで記録されている。
 昨年の12月から始まって、今日が9回目だった。
 これほど長く歯医者に通ったのは初めてだ。
 1回当たりの治療時間が短く、なおかつ左上の歯の治療に時間がかかったからだろう。

 コンビニで週刊ゴングと週刊プロレスを立ち読みする。
 ゴングの方が明らかに面白い。
 活字の量が違う。
 週刊プロレスで楽しみなのは、秋山準の連載コラムくらいだ。

 先日新日本を退団した柴田選手のインタビューは、両誌に載っていた。
 これも、村上選手と込みで載せた週プロに比べて、社長の草間氏と柴田選手のやりとりなどをより突っ込んだ内容で載せたゴングの方が面白かった。
 柴田が言うには、草間社長は永田や天山、中西を、若い世代の踏み台にすると発言したという。
 思わず、ため息をついてしまった。
 草間体制は、じきに崩壊するだろう。
 その後、誰が社長になるかによって、新日本の命運は決まるのではないか。

 柴田は、
 「だったら草間は会計やって、社長を蝶野さんがやればいい」
 と言っていた。

 蝶野が現場監督としてマッチメークをしていた時は、なんだかんだいって面白かったと思う。
 今は誰がマッチメークをしているのだろう?

 柴田の発言はどれも面白かった。
 今の新日が駄目だと思うならお前が変えて新しい時代を作れ、というようなことを輩レスラーは言う。
 「じゃあアンタは変えないのか?」
 と柴田は思ったという。

 宮沢りえがブルーリボン賞の主演女優賞を受賞した。
 遅咲きの大輪の花が、ゆっくりと艶やかに咲いた印象だ。
 今の宮沢りえの綺麗さはただごとじゃな。
 10年前、ワイドショーの好餌となっていた彼女が、10年後にこうなることを、一体誰が予想しただろう。

 夜、池部良「食い食い虫」読む。
 池部さんは映画監督になりたくて戦前の東宝に入社したものの、なぜか俳優をやらされ、数本の作品に出演した後、昭和17年に兵隊にとられた。
 はじめは中国戦線。のちにニューギニア戦線に送られたという。
 戦争末期のニューギニアだから、制海権も制空権も米軍が握った島のジャングルで、艦砲射撃や空襲の爆弾を雨あられと浴びていたのだ。

 戦争を経験した人の腹の据わり方には独特のものがある。
 ここで勘違いして、
 「今の若い奴らも、軍隊に入れりゃ、しゃきっとするってもんだ。俺ぁ徴兵制に大賛成だね」
 などと、立ち飲み屋で一席ぶつオヤジみたいなことを考える輩は、意外と多いだろう。
 特に、徴兵の年齢を大きく越えた人に。

 軍隊に入った人の全てがきちんとした人間になるわけではない。
 ろくでもない人間になるのもいる。

 にも関わらず、昔の日本映画における、軍隊生活を経験してきた俳優には、独特のオーラを感じる。
 オーラそのものに対する畏敬の念はあるけれども、兵隊にとられた経験を羨ましいとは思わない。
 ことさら思わないようにしている。