篠田節子『百年の恋』読了。
何年か前にNHKでドラマ化されており、ドラマは見ていないが、年収1千万のキャリアウーマンと、200万のフリーライターが結婚するという設定は知っていた。
(ドタバタ恋愛劇みたいなものかな)
そう思って読んでみたが、半分ほど読んだところであまりのハードさに音を上げそうになってしまった。
小説はフリーライターの視点で進む。
結婚相手の女性はスタイル抜群の美女で、東大卒の才媛。
ところが、身の回りのものを片付けるということがまったく出来ない。
結婚してそのことが少しずつ明らかになり、また、彼女の<内弁慶>さも際だっていく。
勝手に部屋を片付けると怒り、怒るとブロンズの像で便器をたたき壊したり、中身の入ったコーヒーカップを夫に投げつけたりする。
(おれ、こんなの絶対耐えられねえや)
途中で本を置いて気を落ち着かせることが数回あった。
夫がまた、思ったことを口にできないタイプの男で、たまりにたまった愚痴を仕事でつきあいのある女性にまくし立て、一喝されたりしている。
結局はどっちもどっちと言えるカップルだ。
この、どっちもどっちと言う部分が篠田節子の真骨頂ではないかと思った。
まず間違いなく、年配の男性がこの作品を読んだら、不快感を覚えるだけで終わってしまうだろう。
おそらく女性が読んでもそうではないか。
その不快感は、男と女を派閥化したものに根ざしている。
読んだ瞬間、読者は否が応でもどちらかの陣営に組み込まれ、それまで気づかなかった自己のジェンダー観をむき出しにされてしまう。
まるで、踏み絵のような小説だ。
NHKはこんなに難しい作品を、どんなテレビドラマにしたのだろう?
今さらながら気になった。
ぴあに行き、チケットの手続きを済ませる。
番町あたりを歩いたのは久しぶり。
夕方、中野坂上で稽古。
台本は1部と2部に分かれているが、1部を強引に稽古した。
正直なところ、まだあまりおもしろくない。
当たり前だ。
とにかく最初の数回は、台本を持ってもなにしてもいいから、立って実際に動いて稽古することに努める。
久保田君、体調不良で遅れて来る。顔が真っ赤だった。
今回は鶴マミがほとんど出ずっぱりなので、体調が心配だ。
「でも調子はいいっすよ」
仕事の関係で夜型から昼型に生活スタイルが変わったためか、今のところは大丈夫のようだ。
とにかく体調管理、これに尽きる。
稽古後、モスバーガーで松本、鶴マミと、チケットぴあのことを話す。
20分と少しばかり話し合う。
11時帰宅。