さまざまな立場から作られる<作品>

午前から夕方にかけて、ごく普通に仕事。
脱稿したので、昼休み中に台本を書くことはなくなったのだが、遅れている仕事はいくらでもあり、気が休まることはない。

夕方、東高円寺へ。
ホームの連絡通路で綾香に会う。

ゴミ袋探しをして、少し遅れて稽古場着。
舞監の田中さん、映像撮影の松島君来る。

ゴミ袋にゴミを入れる作業を実際にやってみて、どのくらいの袋を作れるかカウントする。
逆算して、舞台美術としてどのくらいのゴミや段ボール箱が必要なのかを導く算段。

後半からラストへの稽古は、もちろんする。
芝居の終わり方は当初から決めていた。
その瞬間に導かれていく運命、という考え方で、稽古を見ていく。

蒸し暑かった。
感覚的には7月前半なのだが、まだ6月11日なのだ。
この月に本番をするというのも、人生初めてなのだ。

稽古後、串焼きの店で飲み。
松島君と、芝居の映像を撮るということについて話す。
2005年の『アシュラシュシュ』以来、お世話になっているのだけど、回を経るごとにカメラの台数と気合いが増している。
前回公演『ジャック』のDVDは、今まで撮ってもらったなかでは出色の出来だった。
商品化して通販で売ろうかと思う。

その話をすると、
「そうしてくれると、僕らもやり甲斐があります」
と、松島君。
単に芝居を記録してもらっているのではなく、映像スタッフという立場から、松島君達も作品を作りに来ているという意識が、啓示のようにひらめく。
買う人がいるとかいないとかの問題ではないのだ。
公演が終わったら、やらねばならないことができた。

12時過ぎ帰宅。