苦行のはじまり

午前から午後にかけ、本読みと台本書きをする。
台本書き、なかなか進まない。
つっかい棒みたいなものがあり、その先に行けない。

夕方4時、汗を思い切り流そうと考え、久しぶりに長い距離を走る。
田無タワーまで往復。18キロ。
20キロ近い距離を走るのは久しぶりだったので、帰り道はかなりきつかった。
走りながら、
(なんだか、願掛けの苦行みたいだ)
と思った。

その行為自体は苦しみそのものなのに、すすんでそれを求める心理は、どこからくるのだろう?
(これだけ苦しい思いをしたのだから、なにか見返りをください)
という心理。
まじないを信じる心も、それと近いところにありはしないか?

いっそのこと、走ることを苦行としておのれに課して、苦行を経て見えて来るものを捉えてみようか?
本ばかり読むのもいいが、台本を書くにあたってそういうアプローチをしてみるのも面白いかもしれない。

意味があるのか?
もちろん思わないではないが、思った上で実際にやってのけるかどうかには、天と地ほどの違いがある。
ほかにそういうことをやる人は、あまりいないだろう。
やってみないことには、なにもわからない。

というわけで、今日から6日間、毎日必ず15キロ以上走ることにした。
走ることには慣れているので、どのくらいの距離がきついのかはわかっている。
20キロでは、体の負担がキツすぎるし、かかる時間がばかにならない。
10キロは、経験済みなので、甘い。
というわけで、15キロ。
公演の成功を祈願するための走りと定義する。
走らないわけにはいかない。
急におっかなくなった。

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