『太一人』本番

7時20分おき。
鯖の塩焼き、大根おろし、味噌汁、白菜漬け、納豆で朝飯。
鯵と比べて鯖は身に食い応えがある。
味噌煮もいいが、朝飯には味付けが濃いかもしれない。

午前中、ひとつ仕事を依頼される。
数ヶ月前から話を聞いていた案件だったので、心の準備はできていた。

「午後、あいてる時間に、色々お伝えします」
「僕、午後早退なんですよ」
「あ、そうなんですか。じゃあ明日は?」
「今、内容だけ口頭で言っていただければ、こちらで調べてやりますよ」

仕事内容をメモして、資料を受け取る。
難しいというより、めんどくさそうな仕事だった。

昼、サッポロラーメンと小チャーハン食べる。

午後、朝の仕事の続きをやる。
いつの間にか3時を過ぎていた。
パソコンをとじ、早退する。

4時、下北のスロコメへ。
太一、先に来ていた。
出番が来るまで待機している場所を、先にリサーチしていたらしい。

「裏の白い建物のところがいいかな」

道を一本隔てた区画の真裏に小さい通りがあり、店内のお客さんや遅れて来たお客さんからも身を隠せそうだった。

店に戻る。
太一は台本のチェックを始めた。
他にやることがないのでコーヒーを頼み、持っていた『スタインベック短編集』を読んだ。
太一はカミソリを買いに外へ出て行った。
森さんが4時半頃やって来て隣に座った。
太一が戻ってきて再び台本を読み始めた。
森さんが外を見て言った。
「ケラさんだ」
太一は、
「えっ?」
と反応して、店の外に出て、通りがかったケラさんに挨拶をしていた。

会場設営の時間にはまだ早く、本も頭に入らなかったので、外に出てぶらりと歩くことにした。
踏切を渡ってヴィレッジ・バンガードへ行き、また踏切を渡り、文房具屋に寄り、HI-TEC-C coletoの黒レフィルを2本買った。

5時半にスロコメに戻る。
店内営業は終わっていた。
払いそびれたコーヒー代を森さんが立て替えてくれたので、500円を渡す。

店の人はテーブルの移動、森さんはカメラを用意。
太一は鈴木さん、佐藤君、前説のりょーちんさんと打ち合わせ。
仕込みというほど大した作業はなく、椅子を並べたら準備はほぼ完了だった。
本番が始まり次第、明かりを暗くする役割を仰せつかり、入口そばの椅子に陣取ることになったが、ドアが開けっ放しなので大変寒かった。

7時開場。
座っているより、外で立っている方が幾分マシだった。
7時半を過ぎても、予約したお客さんうち何人かが来ていなかった。
山手線で人身事故があったらしく、その影響かもしれない。

開演5分と少し押しで開演。
前説、三人のトーク、鈴木さんの一人芝居と続く。
鈴木さん、長渕のマネが受けていた。
続く佐藤君の紙芝居も、独特の口調が受けていた。

その後三人が出てきてトーク。
鈴木さん、佐藤君が太一に一言ずつアドバイスをして、休憩時間となる。
トイレの前に行列ができていた。
入り口前の寒い席に座っていたせいか、トイレに行きたくて仕方なかったのだが、8人くらい並んでいたので、走って駅前のトイレまで行く。
戻ってきた時、休憩時間は残り5分弱となっていた。
太一はすでに裏に引っ込んだらしい。

最後にトイレに入ったお客さんが出てきたところで、二度目の前説が始まる。
裏に控えている太一のところへ行き、上着と荷物を受け取って会場に戻る。

太一はゆっくりと向かいの歩道を歩いてきた。
前説が終わると同時にお客さんの視線を外に向けさせ、芝居が始まるという段取りだったが、りょーちんさんの前説は終わる気配がなかった。
というよりも、太一の姿が見えないので、話を引き延ばしている感じだった。
森さんが後ろの扉から外に出て、見えるところへ移動するよう太一に言ったが、伝わっているのかいないのか、太一は歩道の暗がりに佇んだまま震えていた。
舞台上のりょーちんさんに巻きのサインを送るが、こちらも伝わっているのかよくわからなかった。
3分ほどたってからようやくりょーちんさんはサインに気づいた。
前説を切り上げて外を見る。
「あれ?」
お客さんもつられて外を見ると、そこには震えながら立っている太一がいる。
笑いが起き、芝居が始まった。

体が冷え切っていないか心配だったが、緊張でそれどころじゃなかっただろう。
台詞をつっかえたり飛ばしたりしながらも、必死で筋を伝えようとしているのがわかった。
結局のところ、生まれて初めての一人芝居という今回の企画で、最もお客さんに見てもらいたいコンテンツは、そうした必死さではないかと思う。
人生色々あったから芝居を始めたのだろうし、さらに深く色々なことがあったから、一人芝居をやろうと思ったのだろう。
その「色々」を見せるのに、テクニックとか話芸とか言っても仕方ない。
声が枯れそうになっても喋り続け、息が切れても演じ続ける姿を、1時間見せきること。
それができれば、あとは怪我さえしなければいい。

途中、息切れポイントが数回あり、台詞の間違いもたくさんあったが、最後の決め台詞まで止まることなく芝居は進行した。
「以上嶋村太一ひとり芝居『太一人』終了でございます」
太一が挨拶すると、暖かい拍手が起きた。
良かった。

残ったお客さんやお手伝いの方々は、そのままお店で飲み始めた。
太一はお客さんへの挨拶に余念がなく、マラソンのユニフォームを着たままだった。
隅の方に座り、ぼんやり全体を見渡しながら、今年一年のことを思い出す。
一月にやった一人芝居を森さんが見にきて、太一に伝えた。
七月の一人芝居を太一が見に来て、久しぶりに飲んで話した。
十月に太一から連絡を受け、今回の企画が立ち上がった。
すべては、一月の一人芝居から始まっている。
太一も、今回の一人芝居によって、来年の何かにつながれば、面白いんじゃないだろうか。
反省点はあろうが、やって良かったと思えるのが何よりだと思う。

10時半においとまする。
ほとんど話せなかったが、鈴木さん佐藤君と辛うじてメール交換をする。
「精算会で会いましょう」
「良いお年を」
太一、森さんに挨拶をし、駅に向かう。

小田急線が止まっていた。
井の頭線で吉祥寺に出て、荻窪まで帰る。
昼から何も食べていないことに気づいた。
コンビニで鴨うどんと氷結を買って帰宅。
シャワーを浴びてから鴨うどんを食べ、氷結を飲む。

音楽が聴きたくなって、Youtubeで自分の好きな音楽ばかり続けて聴く。
太田裕美『木綿のハンカチーフ』
岩崎宏美『ロマンス』
松田聖子『Rock’n Rouge』
などなど。
途中から、ガールズ・ポップとは何かを自分なりにとらえ直す聴き方になってきた。
物事の良い面を見て、ことさら悩まず、楽しくなってしまうようなメロディを、何かのフリをせず、あるがまま歌う、女の子の歌。
他にも定義はあろうけれど、自分はそう思っている。