稽古最終日、短い言葉、演出は必要なのか、作業

仕事に行くが、頭が切り替わらず、非常に苦労する。
業務の混乱も、それに拍車をかける。

昼、「キッチンワタル」でナポリタン食べる。
胃がもたれた。

夕方、阿佐ヶ谷で稽古。
稽古場に着く直前、トレーニングウェアを会社に忘れてきたことに気づく。
急いで商店街を走り回り、スエットの上下を買う。

通しをする。
3本ずつ上演し、途中でタイトルや説明を入れるという構成にした。
ところが、全作品終わってみると、1時間56分になっていた。
これはまずい。
各短編はまとまっているので、たぶん、作品のつなげ方に問題があるのだろう。

『走馬燈』のラストで意見を言う。
一昨日、二人の中から出てきたもやもやが、感情を形成しだし、それが、方向性を求めていた。
あそこの心理がああでこうで、これこれこうだから、もっとそこをああして、ここをこうして、などということは、言わない方がいい。
キーワードになるような、短い言葉を探す。
芹川には、「一人だと思って死のうとして、死ぬのを思いとどまると一人じゃなくなる」というようなことを。
知恵ちゃんには、「命の固まりが飛び込んでくるような」ということを。
それぞれ言ったが、ちょっとでも余計な言葉を加えると、考え込ませてしまう。

決して悪い方向には行っていない。
それは間違いない。
そして、明日も稽古をする時間がある。

稽古場を片付け、稽古場打ち上げに行く。
渡辺さん、森さん、真希ちゃんと同じテーブル。
後半、演出は必要か否かという話になる。

こういう話は、突き詰めていくと、なぜ必要か、なぜ必要でないかという、別の立場の者同士が立つ地平についての意見が出ることになる。
だから、話せば話すほどすれ違う。
どちらが正しいという話ではないから、あまり長引かせない方がいい。
どこかで引き際を見極めないといけない。

12時過ぎ帰宅。
パンフ、チケット、アンケート用紙の印刷と、音響の編集作業をする。
プリンタのスピードが遅く感じられた。
買った時は早いと思っていたのに。
次こそは新機種を買おう。
4時就寝。