多崎つくる読了

朝、もつ鍋の残りに茶碗半分のご飯を放り込んでおじやにして食べる。

昼、節約弁当。
ご飯を弁当につめ、レンジで中華丼のレトルトを温めてかける。

午後、新しいExcelシートとデータベース間のデータやりとりを作るが、項目の順番が決まったと思って作業すると、
「変更お願いします」
の連絡がすぐに来て、結局ツール作りには手をつけられず、手動でデータの更新をした。
そのためメンテナンスに時間がかかり、終業時間を過ぎてしまった。
残業1時間弱。

7時過ぎ、実家に帰る。
筍ご飯、刺身、うどの酢味噌和え食べる。
うどが美味しかった。

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を、夜中にかけてゆっくりと読む。
1時過ぎ読了。

ページ数は400ページ弱だった。
読むのに手頃な長さだが、その長さの長編を上梓したのは今回が初めてではないか。

シンボリックさが際だっているような印象を受けた。
現実を描写するために必要な名前、固有名詞、同時代性と世界観を部品として使いながら、最終的に描かれているのはシンボリックな世界であるような。
会話文を例にとっても、必要以上に現実っぽくなく、同時に必要以上に抽象的でもない、独特の中庸さがある。
だが、これらの特徴は今に始まったことじゃない。
『ねじまき鳥』以降の作品はどれもそうであるような気がする。
今回の作品を読むことで、改めて気づかされたということかもしれない。

3時就寝