公演は始まるとあっという間に終わる。
何度も繰り返してきている。
公演中は、終わりと始まり始まりと終わりが、メビウスの輪のごとくつながっているように感じる。
無限ループに取り込まれたように。
終わるとループを抜け出す。
そして夢から覚めたようになる。
日常が時を容赦なく刻んでゆく。
今回は密度の高い稽古をしたと思う。
なのに時間が足りなかった認識がある。
稽古時間は一体どのくらいあれば足りるんだろう。
足りなく感じるのは、稽古すればするほど、稽古しなければいけない場面に気がついていくからだ。
すればするほど不足していく。
食べれば食べるほど腹が減るように。
12時に小屋入り。
小道具の干し椎茸が残りわずかになっていた。
「そうだ買ってこようと思ってたんだ、忘れてた」
小道具係の芹川が言った。
銀行に行くところだったので、ついでに探してくると言って劇場を出た。
ドンキホーテには置いてなかった。
秋葉原界隈で乾物を置いている店はないだろう。
御徒町に足を伸ばすべきか。
どこかに100円ローソンはないか。
Googleマップを調べてみた。
総武線沿いを浅草橋方面に歩いたところに「まいばすけっと」があった。
行ってみるると干し椎茸はちゃんと売られていてほっとした。
小屋に戻る。
受付手伝いに平木君が来てくれた。
昼公演、清水・榊原来る。
王将で食べてきたとのこと。
永野さん横森さん、豪介くん、啓くん来る。
豪介くんは今回誘っていたのだが、考えた末に今回は見送るという返事をもらっていた。
その代わりtwitterで宣伝をしてくれて、とても助かった。
俺が美酒蘭をやるところで、横森さんが笑っているのが見えた。
知り合いほど、可笑しく感じるのかもしれない。
終演後、
「近いうちに飲みましょう」
と、清水・榊原と話す。
横森さんから、来年10月公演の出演オファーを受ける。
1年半も先なので即答は出来ないですが、と答える。
だが、トツゲキ倶楽部の舞台で一番好きな作品なので、スケジュールが合えば出たいなあと思う。
ソワレは6時からで、待機時間は昨日より短かった。
軽く食事をし、準備をする。
北さんなおみさん、大久保さん、百合子ちゃん、アイーダ来場。
アイーダはチラシのモデルだ。
どう思って見るだろうなあと思いながら客席に案内した。
タイトル「にじ」が頭に浮かんだのはいつだったか。
1月か2月だったと思う。
理由がわからぬまま、二字、二時、二次、虹と、キーワードを頭の中に浮かべつつ短編をこしらえてきた。
そのプロセスはまるで虹を追い求めるかのようだった。
だから「にじ」なのかというと、とってつけた理由になる。
でも、そういう風に言うこともできる。
「友情」に出てくる訪問販売のアパートが、「車内」の女性が住み「貼込」の刑事二人が張り込んでいる浜田山のアパートのように思わせている。
「献血」の吸血鬼は「喪失」の中二病。
「喪失」で役者が役を交代するニュアンスは「作家」の登場人物の葛藤につながっている。
ゆるやかにつながっている方が、色々な解釈が出来て楽しい。
トラブルなく、無事に千秋楽の舞台は終了。
全6ステージ、お客さんの笑顔を、文字通りの意味でちゃんと見ることが出来た。
この4日間は、久しぶりに舞台に立っていて楽しかった。
使っている舞台装置はほとんどない。
バラシというよりは後片付けを始める。
ATMへ行きお金を引き出し劇場に戻って精算をする。
劇場の沢崎さんは、初日を見た後、知り合いの若い役者さんを4人も呼んでくださった。
本番前の日曜日はチケットが40枚少ししか売れていなかったが、最終的には120枚弱まで伸びた。
マグネシウム不足は小規模の公演で、今回は出演者6名という布陣だったのに、色々な方が見に来てくれて、さらに他のお客さんを呼んでくれたのが、嬉しかった。
自分に荷物を片付けようとしている時、知恵ちゃんが声をかけてきた。
「塚本さん、私のデジカメ消しました?」
「友情」のラストで、小道具として使っているデジカメだ。
知恵ちゃんのデジカメだったのだ。
聞くと、数年前から撮っておいた写真が全部消えているという。
俺がやっていたのは、舞台上でカメラの電源をオフにして、楽屋にしまうだけだった。
消えてしまったということは、記憶媒体の不具合しかないだろう。
その場でパソコンをひらき、知恵ちゃんからSDメモリーカードを受け取る。
SDメモリーカードを差し、データリカバリーツールで精査をしてみると、写真の保存用フォルダを認識してくれた。
「大丈夫そうだ。今からデータ復旧するから待ってて」
時刻は8時半だった。
打ち上げの予約時間だったので、皆に先に行ってもらう。
知恵ちゃんは残って、大入り袋の宛名書きを手伝ってくれた。
バッテリーの残りがわずかだったが、切れる前にフォルダーを圧縮ファイルに復旧することに成功した。
「良かったー、もう亡くなった人とかも写っているんですよ」
知恵ちゃんは安堵の声をもらした。
写真がすべて消えたまま打ち上げに行ったら、少しも楽しめなかったに違いない。
何とか出来て良かった。
打ち上げ先の白木屋に合流し、写真のリカバリーができたと伝えると、皆が拍手をした。
大入り袋を配り、少人数でワイワイ打ち上げをする。
野村さんから、
「楽しかったです」
という言葉を聞けて嬉しかった。
野村さんは、「張込」で俺が「みんな知ってるから大丈夫だよ」という台詞を、何言ってるんだかわからないくらい崩して言う部分で、いつも笑っていた。
6本の短編で一度も絡めなかったのが残念だ。
1時間30分、出演者6名という縛りがある中で、一番頭をひねったのはキャスティングだった。
「作家」で、野村さんの持っている魅力を出せるだけ出してもらい、なおかつ野村さんを推薦した芹川とからんでもらった。
野村さんが色々なキャラクターになって出てくる場面、俺は出番がなく後ろで見ていられたので、音響をしながら毎回楽しんでいた。
「渚歩こうよ!」
のところが、一番好きだった。
「美酒蘭やってる塚本さんを見てたら、もう情けなくて情けなくて」
と芹川が言ったので、手元にあった紙ナプキンを投げつけた。
少しして芹川は帰り、残ったメンツで飲みつつ、ほんの少し真面目な話をしつつ、11時半過ぎまで打ち上げをした。
マグ不足は、バラシがさっと済むことが多いので、朝まで打ち上げをしたことはあまりない。
若い頃は、打ち上げとは朝まで飲んで歌って騒ぐものであるという固い信念を持っていたものだが。
今のようになったのはいつくらいからだろう?
ともあれ、終電前に会計を済ませ、解散となった。
二ヶ月前には、一体どうなることかと思っていた作品だが、楽しんでもらえて、本当に嬉しい。
ここ数回、精神的に追い込まれる公演が多かったが、今回はそういうことがなかった。
次回も、今回で得た楽しさを、再現できるような本公演にしたいなと思いながら、上岡君、田和くんと、総武線で一緒に帰る。
12時半過ぎ帰宅。
終わったなあと思いながら部屋に入ると、散らかり放題で、少し気が滅入った。
次のことを考える前に、やることがたくさんある。
花見はとうとう出来なかった。
今年ももう、4分の1が過ぎたのか。そうか。