戦争はいけないと思うまで

朝、弁当を作る。
あまりのソーセージ、冷凍ソーストンカツで朝ご飯。
昼、同じおかずで弁当。

夕方6時前に仕事を終え帰宅。
ザワークラウト、フランクフルト、さばの水煮、ごはん食べる。

台風が近づいているせいか、空気が湿っていた。
この夏初めて、エアコンのスイッチを入れた。
去年は6月から使っていたので、今年はずいぶん節電しているはず。

ワールドカップ、アルゼンチンがPKでオランダを下す。
南米の大会でヨーロッパ同士の決勝にならなかったのだから、大会運営としては良い展開なのかもしれない。

目取真俊『目の奥の森』読了。
沖縄戦。
米兵に乱暴され、心が壊れてしまった少女。
少女に思いを抱いていた少年は、復讐のため、泳いでいる米兵の腹を銛で突く。
日本人は少女を守らなかった。
かえってさげすみ、レイプし、子供をはらませた。
日本人は失明した少年を、罪悪感の裏返しに馬鹿にした。
生き残った人々は事件のことを忘れるように人生を送った。
だが年老いて死が近づくと、やはり語っておかねばと思い、中学生に講演をした。
老人の話を真面目に聞いたのは、いじめられている女の子だけだった。
誰がその子をいじめているのか大人には決してわからないような形で、その子はいじめられていた。

気が滅入った。

戦争があってもなくても、人は人を蔑み、貶め、損なうことができるのだ。
それは決して戦争のせいではない。
戦争がきっかけになっただけなのだ。

人の中に潜む、弱さと背中合わせの卑劣さが、戦争によってさらけ出されるから、戦争に反対する。
戦争というに人格のようなものを与えて、悪を背負い込ませることは間違っている。
良いことでも悪いことでもない。

9歳の時に、東京大空襲の本を読んだ。
早乙女勝元の本だった。
読んで、戦争はいけない、と思ったか?
思わなかった。
戦争は怖い、とだけ思った。
怖いからイヤだ、とだけ思った。

その後、11歳になるまでの2年間に、高木敏子『ガラスのうさぎ』を読み、映画を観た。
『はだしのゲン』を読んだ。
映画『英霊達の応援歌』『連合艦隊』を観た。

戦争はいけないことだ、なんて思ったか?
思わなかった。
ただひたすら、怖い、怖い、と思った。
ああいう死に方はイヤだ、と思った。
自分だけはああいう死に方したくない、と思った。
なぜ戦争がいけないのか、なんて、考えもしなかった。
それは、おれが、バカだっただからなのか?

エアコンの除湿運転をして、窓を閉め、早寝する。

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