トーマの心臓再読して感動

7時半起き。

コードにコメントをひたすら書いた。
振り返ってみると、一昨年から2年あまり、プログラミングに対する向上心はまったくなかった。
動いているなら、いじらない方がいいという考えで運用していた。

それは、当時自分が置かれた環境に対する、抵抗ではなく適応だった。
適応は、現実に対して絶望反応を引き起こす前に、濾過装置の役割を果たす。

昼、ありもので作った弁当食べる。
ありもので弁当が作れる環境ができつつあるということだ。

萩尾望都『トーマの心臓』読む。
20年ぶりくらいの読み返し。
片足をなくしたユーリ・シドが、エーリクに会いに来る場面にぐっときた。
その場面にぐっとくるということは、20才年をとったということだ。

4年前まで運用していたAccessが、PC内に残っていた。
開いてみると、今のシステムより遅かった。

仕事後、TSUKASAで買い物。
雪がちらついていた。
ニラ、キャベツ、モツを買った。

帰宅し、モツ鍋作る。
鰹だし、ニンニク、唐辛子。
醤油だけじゃなく、みりんと味噌も足した。

『トーマの心臓』読了。
モツ鍋食って腹一杯のところをこたつで読了。

そりゃ、一番モテるのは、オスカーだわよ。
オスカーが好きになる、ってのは、普通の健康な女子だわよ。
オスカーをたたき台にして、嗜好がアウフヘーベンされていったわけですよ。

オレが昔から好きだったのはバッカスだけど、誰も聞いちゃくれん。
まあ、バッカス好きという女子がいたらいたで、対応に困ってしまうが。

初めて読んだ時より、はるかに感動の度合いが大きかった。
校長が倒れ、寝ずの番をするオスカーのそばに行ったユーリが、いささかくっちゃべりたい気分のオスカーから、赦しの告白を聞き涙するところが、絶対的クライマックスだろう。
アニメ化、実写化、舞台化、どうするにせよ、肝はここだろう?
ここを押さえてこそ、だろう?

今回好きになったのは、ブッシュ先生。
尊敬すべき教育者だと思う。いい先生だ。

ユーリ・シドにつきそう医者も、味わいのある役。

演劇人的には、サイフリートなんか、超絶的においしい役じゃないか?
年齢的にオレはできんが、あのメフィストフェレス的な役の「演りよう」ったら、ないよな。
たまんねえよ。

これを描いた時、萩尾望都は25歳。

つまり、オレ含めた多くの人は、凡人ってことだ。
25歳でこれ描くって、なんなんだ?

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