紅葉

寝たのは1時半頃だった。今朝目覚めたのは6時半。睡眠時間が短くなってきている。起きてサッポロ一番を食べる。少しして、眠気を感じたので二度寝する。10時過ぎに起きる。
11時半に早めの昼飯。さばの水煮とオニオンスライス、納豆キムチ、大根おろし、お粥。

午後、布団を干す。10月半ばに雨続きだったので、押し入れに湿気が溜まっている。布団は、敷き布団が二枚とかけ布団が一枚。

干してから、出かけようかと考える。ビートルズ展を有楽町でやっていて、ちょっと気になっていた。

でも結局、近所を散歩するだけにした。自分を甘やかすというか、癒やすためには、人混みよりそっちの方が良いと思ったのだ。

和田堀公園へ。釣り堀「武蔵野園」のあたりで紅葉の写真を撮り、善福寺川に沿って上流に向かって歩いた。暖かく空は晴れていたが風が強かった。

五日市街道の手前で右に曲がって住宅地に入り、サミットまで近道した。ステーキ肉が安かったら買おうと思っていたが、いい肉しか売っていなかったので何も買わず。ウエルシアに寄ってレンジパネルと布団収納ボックスを買う。3時帰宅。
布団を取り込んで収納ボックスに入れて押し入れにしまった。コーヒーを飲み、クッキーを食べる。頭が少しだけフラフラしている。めまいに似ているがはっきりとしているわけじゃない。歩いた距離は4キロほどで、走ったなら何てことないのに、歩くととても疲れる。

4時半までボーッとする。西村賢太『暗渠の宿』を読もうとするが、ル・グイン、サラ・ウォーターズと英米の女性作家が続いたので、すこし間を置かないと脳が受け付けない。夕飯のことをぼんやり考える。4時40分を過ぎると外は暗くなっていた。

ふと、ゲームがやりたいと思った。昔のゲーム。スーパーファミコンやメガドライブ。ずいぶん前に実機吸いだしROMイメージを保存しているので、エミュレータがあれば動くはず。

先週、アメリカにおけるホームコンピューターの歴史を調べた。ざっくりまとめると、8ビット機でコモドール64が一人勝ちしたあと、16ビット機に移行する段階でAT互換機に飲み込まれてしまう。要するにAT互換機とWindowsの組み合わせは、ビジネスマシンとホビーマシンの境目をなくしてしまったということだ。
その裏でコンシューマー機のシェアは、1985年以来ずっと日本のメーカーによって争われている。任天堂、セガ、ソニー。30年以上だ。これってすごいことだと思う。さらにいえば、2000年頃まではゲームソフトにおいても、日本製が世界を制していたわけだ。マリオゼルダソニックその他…。
しかし現在、世界マーケットにおいて日本のゲームはかつての輝きを失って久しい。日本人とゲームの関係が2000年代から変わってしまい、ユーザーに寄せてゲーム作りをするソフト会社から、新しいものを生み出す雰囲気が失われたのかもしれない。90年代半ば頃に、日本のゲーム作りはピークに達していたのだろう。
動画イベントが入ってくる前の方が、表現としてのゲームは面白かった。たとえばクロノトリガー。呆れるほど面白かったが、映像もボイスもなかった。音楽も、コンピューターが作り出す音で構成されていた。

ゲームのことを考えていたら5時を過ぎてしまった。外はすっかり暗い。カーテンを閉め、夕飯の支度をした。作り置きのシチューとチキングリルを暖め、パンを焼く。

食べ終わり、しばらくこたつでボーッとしてから、切り干し大根をお湯につけて戻した。そぼろ納豆にするため、醤油とみりんで炒めておく。食べる前に納豆とかき混ぜればいい。食べ物が増えていく。そのうちまた、弁当を作り出すかもしれない。Instagramの1月から3月までの写真を見ると、弁当ばかり撮っていた。あの二ヶ月で5キロくらい太った。だから3月のマラソンでタイムを落としたんだろう。そろそろまた走らないと。