星野さんが亡くなった

星野仙一が亡くなった。享年70。膵臓癌だという。早過ぎる死だ。
星野さんといえば判で押したように「燃える男」と言われる。オレが野球を熱心に見るようになった時にはもう引退していた。その頃は野球解説者だった。NHKのサンデースポーツの司会は有名で、低くいい声で柔和にこなす司会っぷりは、女性にすごく人気があった。「燃える男」が復活したのは監督になってからで、現役時代を知らなかった元視聴者は相当戸惑ったのではないか。
1991年でいったん監督を辞め、1995年までは再び解説者に戻ったが、その頃はもう、熱血監督のイメージが世界に浸透してした。その時期、和田アキ子の番組にゲストで出て、歌を歌ったことがある。びっくりするほど上手かった。
つかこうへいは、長嶋茂雄の大ファンだったが、星野仙一を称えるエッセイも書いている。まだ現役の頃で、燃える男っぷりを褒め称えていた。星野さんが持っている劇的なるものを、敏感に察知していたのかもしれない。
星野さんは、演劇的な人だった。「芸能」の本質みたいなものを持っていた。歌が上手かったのも、その延長にあることかもしれない。星野さんの野球は、芸能だった。
2008年のオリンピックでは戦犯扱いされた。そのまま終わってもおかしくなかった。でも、2013年に楽天を優勝させ、日本シリーズも制した。5年間の臥薪嘗胆についてどこかで語ることはなかった。そういう反骨と孤独は、家族しか知らなかったのではあるまいか。
ショックで、Youtubeの映像を色々見る。星野さんが1985年にやっていたサンデースポーツの映像があった。落合と話しているやつだった。実に、打ち解けた様子でトークをしている。もし監督にならなかったら、間違いなくタレントとして大成しただろう。

朝、うどんと蕎麦を茹でて食べる。蕎麦は30本茹でた。

10時、救世軍のバザーへ行く。トレーニング用のパンツと、ジャケットを買う。帰り道、久しぶりに「SEN-YO」でランチを食べようか迷うが、開店するまで30分ほど時間があったので結局やめた。

昼、ウエルシアへ。クッションが1000円で売っていたのを思い出して行ってみたのだが、もう売っていなかった。見かけたのは先々月だったと思う。買おうかなと思って、まだいいとその時思ったのだ。買っておけば良かった。
カレーうどんのカップ麺に、蕎麦を30本足して食べる。

「仁義なき戦い 代理戦争」観る。小林旭登場。一番目がいくのは成田三樹夫。声とたたずまい。カッコイイ。金子信雄の山守は、いやらしさがくどくなってきた。

3時過ぎ、走りに行く。成田西を抜け、西荻北児童館近くのミニストップまで往復。10キロ。初めは6分ちょっとのペースだったが、段々速くなり、結局5分台後半で走った。風呂に入り、サミットで買い物をし、夕食にコロッケうどんを食べる。蕎麦は35本入れた。

「仁義なき戦い 頂上決戦」観る。一区切りついた。

「進撃の巨人」を、18巻から22巻まで読む。一昨年17巻まで読んだところで止まっていた。そのあたりは、2004年ごろの連載だったが、政治システムの解説みたいになっていた。18巻からは、世界の秘密の解き明かしになっている。大変面白かった。諫山創はセリフが上手いなあと思う。

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