走った後に「運び屋」見た

8時前に起きた。外は快晴の気配。まだ日光が東の窓に当たる季節ではないが、光の感じでわかった。
朝飯にご飯と納豆キムチを食べた。

左足ふくらはぎの状態は、良くなっていなかった。歩くと突っ張る。ストレッチをしても改善しない。
これは走れないなあ。棄権するとしたら計測チップを送り返さないと。

その前にやれるだけのことはやっておこう。

形成外科、鍼灸院、整体のクリニック情報を集めた。
ふくらはぎをブチンといわせてから二週間は、ちゃんと安静にしていた。痛みがなくなってから様子見で4キロ走った時も大丈夫だった。火曜に20キロ走った時も、ストレッチを入念にしたし、走っている間は痛くなかった。
今の自分はどんな状態なのだ?
整体クリニックの治療内容をサイトで読んでみた。自分の状況だと、筋膜リリースをしてくれるようだ。

筋膜リリース?

それをやるために昨年、フォームローラーを買ったんだっけ。袋井マラソンの時はわざわざ持っていき、レース前に使用したんだ。
タイムは残念だったが、怪我防止の役には立った。
最近使ってないじゃん。バカバカ、オレのバカ。なぜ一番使うべき時に使ってこなかったんだ?

ともかく、やってみよう。

ふくらはぎとスネ側の筋肉リリースをした。

昼飯を食べ、午後3時過ぎ、着替えて外に出た。筋膜リリースをしたからといって違和感が消えるわけではなかったが、ごくゆっくりと走る限りでは張りを感じることはないので、とにかく走ってみようと思った。

五日市街道を西に向かった。ペースはキロ7分より遅いくらい。
ゆっくりなのでフォームの確認を丁寧にするつもりで走った。

環八を渡り、西荻の南側に差し掛かったあたりで、違和感がなくなってきた。可動域が広がり、筋肉がしなやかになっていく感覚があった。これはいけるぞと思い、そのまま真っすぐ走った。

10キロ走り、武蔵境通りの交差点に着いた。同じコースを引き返す。万全とは言えないが、火曜日よりも楽に走ることができていた。

5時過ぎ帰宅。ぬるめの風呂に入った。上がった時、ふくらはぎに痛みはなかった。
しっかり走れて、リハビリまで出来て、言うことなしの展開だ。

急いで夕食を食べ、新宿に出かける。

TOHOシネマズにてクリント・イーストウッドの「運び屋」を見た。

自身が監督する作品では「グラン・トリノ」以来の出演だという。
「グラン・トリノ」は大好きだ。日本人ウケする作品だとも思うが、オレが好きなポイントは同じかどうか。箇条書きにしてみよう。
・飛び交う差別用語
・床屋のマーティー
・神父さん
・ウォルターの集めた工具と、ホームセンターの工具
・モン族パーティーの料理がうまそう
・ヤムヤムにつきまとう男の子たちを「三バカトリオ」呼ばわりするところ
・ラストで走るグラン・トリノの美しさ

ああ、書ききれない。
画面が美しいとなんべんも思った。絵画的な美があったのだ。

さて、今回も主役は老人。イーストウッド御大は88歳だから、そりゃそうだろう。

本編が始まる前の予告編が始まった。
SFXが多すぎて辟易した。
よくある効果に、パンしたあと急にズームするのがある。やめてよそういうの、って思う。効果音までつけちゃって。恥ずかしい。
あと、会議してる人たちを一定の速度でゆっくりとパンしたりとか。用語的にパンでいいのかわからんが、動く必要ないじゃんって思う。

不満を感じつつ予告編を見終えると、本編が始まった。

イーストウッドが演じるのは、アールという農園経営者。育てているのは高価なユリ。品評会で彼の花は高い評価を受けていた。
アールは花一筋。仕事を第一にしすぎるあまり、娘の結婚式にも顔を出さない。
それが10年前。

いまや、農園は経営不振で差し押さえられてしる。

アールは、孫の婚約祝いのパーティーに顔を出し、娘と鉢合わせる。娘は父を許していない。
いたたまれなくなったアールは出ていこうとする。そんな彼に若い兄ちゃんが声をかける。
アールが、半世紀以上一度も交通違反切符を切られていないと聞き、運搬の仕事を紹介し、連絡先を渡す。

そこから先は、運び屋家業の物語と、麻薬取締官の物語が交互に展開する。

運び屋を始めたアールが、トラックを走らせながら音楽をかけて歌う場面が何度もある。
この映画の一番の見所はそれだ!

おじいちゃんが車を走らせ、音楽をかけ、いい気分になって一緒に歌って、それを横から撮っている映像が、実に、映画になっているのだ。

これは、イーストウッドがスターだからということではない。もちろん大スターだが、スターを映せば映画になるという考えで映画を撮る監督ではない。
役者としては、いつの間にか画面の中にいる。
監督としては、スナップショットのように気軽に撮ったカットが、力みがなくて、自然で、新鮮で、最高なのだと確信している。

「グラン・トリノ」の方が、演出的には力みがあった。もちろん、それゆえの絵画的美しさがあった。
本作は、今あるものをあるがまま出している。それが、90歳の老人という役柄の設定と、実によく合っていた。
絵画的な美はないが、親しみがあった。宝石の輝きではなく、花を摘んで編んだ首飾りの素朴な愛おしさとでもいうべきか。

良かったところを箇条書きにしてみる。
・ユリの品評会での若々しさから一転し、差し押さえられた農園から去るアールの尾羽打ち枯らした見た目
・孫役タイッサ・ファーミガの普通の女の子っぽさ
・中西部いち旨いタコスを食べる場面
・「何人殺した?」のセリフの可笑しさ
・魔法瓶にコーヒーを入れてもらったあと、麻薬取締官と、記念日について会話する場面
・その魔法瓶の型式
・妻役ダイアン・ウィーストの病気になった後の芝居

ああ、書ききれん。

映画を見たなあという気持ちでいっぱいになって10時帰宅。

両腿の筋肉が張っていたが、水曜日ほどではなかった。明日は天気が下り坂だという。早めの時間に走った方がいいだろう。10時から25キロくらい走れば雨にあうことはない。

なんてことを思っているが、明日になってみないと走れるかどうかはわからない。明日の自分の責任を今日の自分がとれるわけじゃないのだ。

それでも、今日20キロ走れたことでずいぶんホッとした。まだ準備不足で安心できないが、こうなったらギリギリまでやれることをやり通そうという気持ちになった。