母性

6時半起き。朝飯にご飯、桃屋三種。

雨は降っていなかったが外は薄暗かった。
8時50分過ぎに家を出ると、すぐに小雨が降り始めた。永福町まで自転車で行き、井の頭線に乗った。明大前だものすごく混んでいた。

午前中、ルーティン仕事の集計をやる。やるのは1年ぶりくらいだった。
昼前に無事終える。

昼、コンビニ食。沖縄系のカップ麺とサラダ、ゆで卵を食べた。

Bluetoothキーボードでブログの更新をしてみた。
キー配置が親指シフト向けになっているのだが、そのことで逆に打ちづらさを感じてしまった。
本来、親指シフトキーボードは、Bキーの真下で左右シフトキーが分かれている。
しかし、普通の日本語キーボードを親指シフト化して使う時は、スペースキーを左シフト、変換キーを右シフトに置き換えるので、Mキーの下あたりが左右シフトキー分かれ目となる。
で、買ったBluetoothキーボードはというと、Bキーの真下とまではいかないが、BとNキーの間に、左右シフトの分かれ目がきている。つまり、本来の親指シフトキーボードに近い配置になっている。
だが、おれは普通の日本語キーボード配置で親指シフト入力をするのに慣れているため、本物に近いキー配置だと、キーボード下段右側の文字入力をする際、ミスタッチが多くなってしまうのだ。
しかし、これも結局は慣れだろう。前のBluetoothキーボードは明らかに親指シフトがしづらいものだった。そっちに慣れるより遥かにマシだ。独学でピアノを覚えた山猿が、ロッテンマイヤーさん似のピアノ教師に基礎の指使いを叩き込まれるようなものだと思おう。

午後、朝からの作業の付け足しを少しやる。

ツール作業に戻ると、昨日やった仕事関係の電話がきて、プチレクチャーをしてあげた。
終わってから再びツール作業。フォームのレイアウトと検索機能を少しずつ固めた。

7時、実家帰宅。
夕食にオムライス食べる。

風呂に入ってから居間に行くと、母が繕いものをしていた。明日、父が投薬入院するため、お手拭き代わりに使う手ぬぐいか何かを縫っているようだった。
寝室で小林旭のCDを聞いていた父が起きてきた。
「どうだい、お母さんが縫い物をしているのは、いいものだろう」
父が言った。
いいものだと思っているのは、父の方ではないか?
反射的にそう思い、父は、自分の母親に対して、何かをこじらせているのではないかという考えが頭に浮かんだ。

祖母が亡くなったのは1989年のゴールデンウィークだった。
父方の「おばあちゃん」は、おれにとって母方よりもさらに馴染みが薄かった。物心ついてから会ったのは、6歳の時に上京してうちに何日か泊まった時と、8歳と10歳の時に秋田へ旅行した時だけだ。
恐らく父も、おれが生まれてからはそのくらいしか自分の母親と会う機会はなかったはずだ。
そして、会わないまま祖母は亡くなった。

父はそのことで、いささかエモーショナルになっていたそうだが、オレは学校が忙しくて見ていない。

エモーショナルな反応をもたらすものが今も父の中にあり、それが、おれの母に対する態度に現れる。それは単純にいえば「甘え」だ。
その甘えを、母は100%許容するわけではないが、70から80%は受け入れている。

母が受け入れているのは母性ゆえではなく、「必要とされている」ことにの自己肯定感ゆえだ。母性に似た動きもするが、母性ではない。おれは息子歴が長いから、そのことをよーく知っている。
母の母性は、そういうところには現れず、子と自分が、同じ遊びや喜びを共有した時に、感情の発露とともに現れる。
つまり、趣味が合ってなければいけない。

そして、父と母の趣味は、合わない。

おれが3歳の頃、妹を寝かしつけたあと、夕方の買い物に母はいつも、三輪車に乗ったおれを連れていった。
スーパーマーケットに行く途中、ドブ川にコンクリートで蓋をした道があった。
道はゆるい下り坂になっていた。
その道を通る時、母は必ず、三輪車に乗ったおれの背中を押し、一緒に坂を走り降りた。
コンクリートがガタガタ音をさせるのに合わせ、母は「ガタンゴトン」と言った。
三輪車を押してもらっているおれは、その音が電車の音みたいでとても楽しかった。
その時に、母が発していたものは、母性だったなあと、今にして思う。

コメント

タイトルとURLをコピーしました