ペースを乱され、犬神家の一族の死体を思う

6時半起き。

朝飯にコロッケパンを二つ食べた。
書き忘れたが、昨夜は家に帰ってきてからいくら丼を作って食べた。一応、マラソン前の炭水化物補給、兼、景気づけの意味合いがあった。

7時半頃に家を出た。その後ゼッケン交換表を忘れたので家に戻り、再び出て、今度はマスクを忘れたので戻り、三度目に家を出てから、自転車で駅に行こうと思った。帰りは歩くのが辛くなっているかもしれないし。

地下鉄で新宿三丁目に出て副都心線で渋谷へ。田園都市線に乗り換えて二子新地まで行った。
下りて多摩川河川敷に向かう。土手から河川敷に下り下流の方に歩くと、想像していたよりもたくさんの人が集まっていた。スタートゲートもきちんとしたのが立っていた。

ゼッケンをもらい、更衣室でウェアに取り付けた。風が冷たかったので、レース開始30分前になるまでジャージは着たままでいた。

そのうち日が昇ってきて暑くなってきたので、ジャージを脱ぎ、荷物と一緒に預けた。

フルマラソンのスタートは10時5分だった。先に、小学一年生くらいの子供たちによるチャレンジレースがあった。400メートルほどの距離を、貨幣でいえば「お釣り」みたいなミニ人間どもが、子猫に似た走り方で草むらを走っていた。

その後、もう少し大きい子供らとパパママペアによる親子ランがあった。これは距離が少し長かった。ママと一緒に走った娘ちゃんが、ゴールする時苦しさのあまり涙目になっていて、それに気付いたママが頭を撫で、ハグしていたのが印象的だった。

次に、ハーフマラソンのスタートがあり、フルはその5分後にスタートだった。よっこいしょ、という感じでスタート地点に並んだ。

号砲の後、ゲートをくぐった瞬間に、スマホのランニング用アプリのスタートボタンをクリックした。今日のレースは時計をしていなかった。6月の時もしていなかった。11年前からランニング用にはSUNTOの時計を使ってきたが、最近ボタンがカッチカチに固まってしまい、満足に押せなくなってしまったのだ。それに、走っている時間にとらわれて、かえってペースを乱してしまうんじゃないかという懸念があった。

それでも走った後にラップタイムを見て検討したいという思いがあったので、スマホをポーチに入れて走ることにした。

走り始めると、コースの地面が想像以上に悪く、すぐに心拍数が上がってしまった。緊張もあったかもしれない。

初めに2.195キロ分を走ってから往復5キロのコースを8周するのがフルマラソンのコースだった。したがって1周目は5キロではなく、およそ7.2キロだった。

1周目を走り終えた時、ゲートの時計は33分をさしていた。一瞬、5キロで33分もかかったのかと思い嫌な気分になったが、7.2キロだったら普通のペースだ。しかし、走りながら引き算をしたり割り算をしたりするとたちどころに疲れるので、考えないようにした。

2周目あたりで、後ろのランナーの話し声が気になりだした。見ると、タイム4時間のペースメーカーだった。4時間のペースメーカーは二人いるため、走りながら他のマラソン大会のことなどを話していたのだった。

ペースメーカーをやれる人は、当然、おれのようなウジ虫ランナーとは違い、ランナーのヒエラルキーでいえば光輝くヴィシュヌの化身クリシュナに相当するはずだった。彼らにとって4時間ペースで走るなんて、ダルビッシュが中学生から三振をとるようなものだろう。

そのペースメーカーがずっと後ろについてきていることが気になった。もう少し離しておかないと、とてもじゃないが4時間切りはできないんじゃないか?

しかし、自分の走っているペースは苦しくもなく楽でもないまっとうなものだった。ただ、舗装された道ではなく、砂利道や踏み固められた土の道だったため、スピードは遅くなっていたかもしれない。

2周目を過ぎたあたりで、ペースメーカーを少しだけ引き離すことができた。それでホッとして走りに集中した。

汗があまり出なかった。そして喉が渇いた。家を出る前にスポーツドリンクを飲み、会場に着いてからはペットボトル一本分の水を飲んでいたのだが、足りないようだった。それで、3周目からは積極的に給水の水を飲むようにした。

4周目の片道を終え折り返す時に、4時間のペースメーカーがまた後ろに迫ってきていることに気付いた。おかしい。おれのペースはそんなに落ちていないはずだ。なのに、なぜ追いついてくる?

よくよく考えれば、ペースメーカーは必ずしもフラットなペースで走るわけではないので、追いつかれたりしたからといって焦ることはないのだが、時計を持っていないため、自分のペースに自信が持てなかった。

4周目を終えた時点で22キロを走っていた。折り返し点は途中で過ぎていた。5周目を走り始めた時、背後にまたペースメーカーの話し声が聞こえた。

ここで完全にペースが狂った。ペースを上げようとしても、すでにハーフ以上の距離を走っているので劇的には上がらない。しかも、コースは片道2.5キロしかないので、折り返す時に背後のランナーとの距離が簡単にわかってしまう。

5週目の折り返しを曲がった時、ペースメーカーはすぐ背後まで来ていた。そして、ペースメーカーの後ろには、五、六人のランナーがそのペースを維持してついてきていた。

折り返してすぐ、ペースメーカーに追い抜かれた。そして、後からついてくる集団にも抜かれた。ここで、心がポキンと折れた。両足から力が抜けた。

2.5キロの道を、おそらくキロ7分くらいのペースまで落としてとぼとぼと走った。胸の中は敗北感でいっぱいだった。色々なことを考えた。もう自分には4時間切りはできないのではないか。なぜ2015年までできていたことが、今できないのだろう。走り込みの距離が足りないからか。スピード練習が足りないからか。

5週目を終えた時点で、チップを回収箱に自ら入れ、棄権した。

気分は最悪だった。『犬神家の一族』に出てくる、湖から足を突き出す死体になったような気分だった。

着替えて駅まで歩き、田園都市線に乗った。
スマホで計測結果を身た。すると意外なことがわかった。
今日のレースは、スタートからずっと5分30秒台前後という一定したペースで走っていたのだ。

このペースは決して速くはないが、4時間切りのペースとしては妥当である。30キロを過ぎて大幅にペースダウンしてしまえば怪しいが、そのままのペースで走っていれば、少しずつタイムの貯金ができたはずなのだ。

やはりあの4時間ペースメーカーは、ハーフのあたりでややペースを上げたのだろうなあ。そしておれは時計を持っていないばっかりに、ものの見事に自分のペースを乱されてしまったんだろうなあ。

今日走った距離は27キロとちょっとだった。トレーニングとしてはまあまあの距離だ。もし今日の走りはトレーニングだと割り切れば、あと10日前後のちにあるフルマラソンに再挑戦できるではないか?

すぐに直近のレースを検索した。すると11月3日に埼玉で小さいレースがあるのがわかった。去年松戸で走った時と同じ団体が主催するレースだった。

その場でエントリーをした。あと9日しかないが、走力、心肺、筋力、まだまだ底上げはできるはずだ。

やや気分を持ち直して3時過ぎに帰宅した。腹ペコで喉も渇いていたが、まず風呂に入って落ち着き、上がってからビールを飲み、Amazonで前から欲しかったガーミンのランニングウォッチを買った。

過去のトレーニング履歴を調べた。すると、4時間切りをした大会は、必ずレースの三、四日前に長い距離を走っていた。今回は、日曜に30キロを走ってから、今日まで五日間走っていなかった。先週一週間かけて20キロ走を5日連続走ることで急激に仕上げた体力だったため、中五日は長すぎたのかもしれない。

まあいいさ。とにかく11月3日に再度エントリーしたのだ。そして今日は27キロを5分半のペース走で走ったのだ。あとは来週、足を過剰に休ませず、臨戦態勢のまま過ごし、もう一度挑戦すればいい。

夜11時就寝。