ファスティング終了

夜中の2時に起きた。昨夜は手足の冷えが気になってなかなか寝つけなかったが、起きると体は温まっていた。体重を量ると500グラム減っていた。
ファスティング明けの食事を食べようかと思ったが、まだ2時だし、さすがにその時間を早朝とするのは無理があると思ったので、水分補給にトマトジュースを1杯飲んだ。
再び寝て、次に4時半に起きた。お粥を4分の1合の米で炊いた。
5時半にお粥ができた。納豆、きゅうりのぬか漬けといっしょに食べた。
また寝て、7時に起きた。体が冷えているように感じた。たんに、気温が低いせいらしいとわかった。天気予報の最低気温が7度だった。

7時半過ぎに家を出る。上着を着た。自転車で現場に向かう。
ゆっくりと漕いだ。上がれるか不安だった急坂も止まらずに上がることができた。
50分で現場着。

午前中、小休止の時にイオンで昼飯の買い物する。ゆで卵、豆腐、味噌汁を買った。
回復食は大事だ大事だと、ネット検索の情報にやたらと引っかかる。しかし、神経質になりすぎてもいけないような気がする。なにをもって『成功』『失敗』とみなすのか、それらの記事ではっきりと定義してあるものは少ない。たとえば、『回復食はまず重湯からお粥へと徐々に内臓を慣らしていくように』しないと『意味がない』という記述を読むと、「そいじゃあ、その『意味』ってやつを聞かしてくれや」と、『熱海殺人事件』の大山金太郎みたいに開き直った口調で尋ねてみたくなる。

ファスティングに意味なんかない。自己が満足すればそれが『意味』になる。だから、そうした指示に完璧に従うことで満足するのなら、それもまたよしと思う。

重湯からゆっくり食べるのは、リフィーディング症候群を避けるためなのかもしれないが、三日くらいのファスティングでそれはないだろう。
しかし、そうやって回復食期間をおくことで、『半ファスティング』期間を追加することになり、結果的にトータルのファスティング期間が長くなる効果はあると思う。それにより、ファスティング前にした最後の普通の食事から、ファスティング後に初めてした普通の食事までの期間が長くなる。
また、回復食として食べるお粥や、味の薄い味噌汁は大変美味しく、少量で満足感が得られる。回復食期間中にそうした経験をすることで、味覚がリセットされる効果もあるだろう。

2015年に6日間ファスティングをした時は、回復食期間も同じくらいの日数をかけた。そして、その後も二ヶ月くらいは、お粥中心の小食生活が続いた。当時はジムに通っていたため、ファスティングと小食とジム通いで体重が落ちていったが、ある程度落ちるとそこからは絶対に落ちなくなった。体脂肪やBMIとは関係なしに、そこがおれの『必須体重』なのだなとその時に思った。

昼前、新ツールで思いついた改修があったのでそれをやる。

昼、豆腐、ゆで卵、味噌汁食べる。
本は読まず、珍しくスマホを見るだけで昼休みを過ごした。

午後、何もなし。

2時半早退する。
西葛西へ。徒歩で臨海病院。父の入院検査結果を先生から聞いた。昨年12月と同じで、食事と栄養補給で直ったとのこと。
先生の話を聞きながら、おそらく、体調を崩す原因は、食べないことにあるだろうと思った。昨年12月の時もそうだった。食べないから栄養不良になり脱水症状になる。
今回も、先週帰った時に顔を見たとたん、(飯食ってねえな)と思った。それで缶入りの経口栄養剤を飲ませたのだが、その翌日に入院したのだった。

明日退院とのことで、他に色々聞き、母と病院を出る。

いったん帰宅。夕食は作ってないとのことだったので、母と『シシリア』へ夕食を食べに行き、父のことを色々話した。
グリーンサラダ、ミックスピザ、シシリアスパゲッティを食べた。母はミートソースを頼んでいたが、「甘い」と文句を言って残した。食べてみると別に甘くはなく、オレガノの香りが効いていて美味しかった。母が自分で作るミートソースなんかひき肉をケチャップで味付けるやつなのでそっちの方がよっぽど甘い。

8時帰宅。デザートに、ファミマで買ったシュークリームを食べた。

週刊文春読む。先週から、ジュリーのドキュメンタリーの連載が始まっていた。1回目で『悪魔のようなあいつ』について書かれていた。
このドラマ、2008年にDVDを借りて全部見た。演出の久世光彦は、ジュリーの乳首を見せるチャンスを逃さないことがよくわかるドラマだった。
色々思い出す。
伊東四朗がヤクザを演じていた。
細川俊之が謎の中国人を演じていた。
『また逢う日まで』の尾崎紀世彦が売れなくなった歌手役で出ていた。
岸部一徳がチンピラ役で出ていたが、役者デビュー作で、まだ下手だった。
三億円事件の強奪シーンのみ、スタジオではなくロケ撮影で、その映像がものすごく良かった。

また見たい。借りよう。

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