コロコロ初期の目玉

5時起き。ブログ更新。水耕トマトの養液は昨日溢れるほど補充したので今朝は補充せず。

朝飯に、ご飯、ゴーヤのぬか漬け、なめこの味噌汁。

地下鉄で現場へ。

朝、先週末に既存ツールの改修について方向性が定まったので、それをゆっくりやった。

昼、『麺屋ごとう』でつけそば大盛り。

午後、既存ツールのコード削除を大胆に行った。
初めて見た時のバージョンに比べるとびっくりするくらい短くシンプルになった。そうなったことで作業内容を見通すこともできるようになった。やっていることは至極単純だった。そのわりにツールが大げさすぎた。その大げさが大げさであることを解読するのに時間がかかったのだ。「殿、きゃつは信玄ではございませぬ!」のセリフを言うまで三年もかかったのだ。

夕方、オーケーで買い物。フルーツグラノーラ、ポテトチップス、黒糖饅頭、サイダー、みょうが、茄子を買った。

6時半過ぎ帰宅。夕食に、ひよこ豆とタイカレーを一緒に温めたのを食べた。

8時間でスマホいじりをし、ブルグミュラーの練習をして、またすぐスマホいじりをし、自分が何をしたいのかわからなくなってPCいじりをし、夜の1時過ぎまで起きてしまった。

先週は、出しっぱなしのガスファンヒーターが心のつっかい棒になっていると思っていたが、今日のこれは昔からよくある心理状態だった。やるべきことはわかっているのだが、行動のリスト化と細分化がされていないために起きる。つまりやるべきことはリスト化と細分化作業なのだが、頭の中がアワワワとなっていると、そのことに気づけぬまま時間が経ち、やっぱ光陰って矢みたいだよねー、という感想を抱いて一日が終わる。

先日髪を切った時、担当のヴェー氏とラーメン屋の話をした。その時、二郎インスパイア系店の名前が出てこなかったが、今さら思い出した。『俺の生きる道』だ。思い出すもなにも、昼飯時に時々行っている店だ。俺もそろそろ一人前のモノワスラーになったということかなあ。

で、そこから連想した。店の名前を『俺の生きる道』とつけた創業者は間違いなく昭和生まれだろう。それも80年代以前。『コロコロコミック』創刊号をリアルタイムで読んでいた世代に違いなかろう。

コロコロコミックの創刊号は『ドラえもん』が200ページも掲載されているのが目玉だった。当時は季刊で、月刊になったのは一、二年後だったと思う。初期コロコロの人気を牽引したのはドラえもんだったのは間違いない。創刊の年までにてんとう虫コミックスの単行本がハイペースで12巻刊行されたことが大きい。当時ドラえもんは『小学X年生』各誌に掲載されていたと思うが、Xの値によって難しさを変えなくてはならないため、作品の質にばらつきがあった。それらをほどよくブレンドしたものがてんとう虫コミックスだった。まとめ読みをしたクソガキどもは続きを熱望していた。そこへコロコロ創刊である。売れないわけがなかった。
だが当時の編集者たちは、小学生たちの間に蔓延していたドラえもん不足の気分などまるで知らず、わりとテキトーな気分で「連載の目玉、ドラえもんでよくね?」とか決めて、そそくさと仕事を上がってルートコ行ったり、そこまで金なかったら日活ロマンポルノ見に行っておっぱい見るだけで我慢していたんだろう。いや、褒めては、いる。