博士ちゃん世代

4時起き。昨夜は10時前に寝て、眠れずに11時に起き、1時過ぎに寝た。全然眠れていないような気がした。
それでも起きた。夏はそれでも起きられる。気温が高いため体がすぐ動く。

朝飯の支度をした。小松菜と大豆ミートの炒め物を作り、米を給水状態にした。
扇風機とぶら下がり健康器を粗大ゴミに出した。

惨ブログの屑文を書き、書き作業をした。

トマトの収穫をしようと思い外を見たが、摘み取っていいほど赤くなっている実がなかったので、夕方まで待つことにした。
実の数を数えると18こくらいあった。現在のトータル収穫個数に足せば88個になる。まだ結実を始めていない花もあるので、100個がそろそろ視野に入ってきた。
もっとも、いま花が咲いているのは根からの距離が遠いし、おそらく猛暑日を挟むだろうから、大きい実にはならないだろうが。

朝飯に、ご飯、茄子の味噌汁、小松菜の炒め物、瓜のぬか漬け、トマト食べる。

7時20分に家を出る。東野幸治のホンモノラジオ聞く。毎回洋楽をレコードでかけてくれるのがうれしい。今日はアバの「ダンシングクイーン」だった。ゲストに大森靖子。

作業前に休憩所で600mlのコーヒーを全部飲んでしまった。夏だなと思う。食事から摂取した脂肪の吸収を抑え、血中中性脂肪の上昇を穏やかにする、メッツのレモンスカッシュを買い直した。

午前中、昨夜感じた『そわそわ感』をまた感じて、仕事に手がつかなかった。背中の下の方に落ち着きをなくさせるムズムズしたものがあり、集中力や注意力が大いに削がれた。
ネットで調べると、『むずむず脚症候群』という症状がヒットした。足がムズムズして寝られなくなる症状で、原因は鉄分不足によるものらしい。

仕事席近くの窓はブラインドが下りているが、隙間から日が差しており、外が晴れているのがわかった。子供のことを気にかけるように、トマトのことが気になった。

昼、カップ麺。
SQL勉強、ちょっとする。

午後、新ツールの集計出力で数値が合わなかった問題を修正する。3時過ぎ、ぴったりの数字を出すことができた。ガッツポーズ。これで新ツールの機能的な作業は終わった。後はユーザーに触ってもらって、ああしたいこうしたいの要望を反映させていけばいい。
なのに、ユーザーが使っているサーバーのアクセス権が、まだオイラに発行されていない。アクセス権発行前にツールを作ったのだから、『負け』ではなく『痛み分け』だ。

夕方、雨には見舞われず、自転車帰宅。入浴後、夕食に朝と同じもの食べる。

明治のことを考えた。
サクセスストーリーとして国家にすり込まれているとすれば、国が滅びた場合、もう一度同じことが繰り返されるのではないかと思った。
で、戦後を明治元年だと仮定してみると、明治45年は1990年になった。明治の終わりがバブル最後の年にぴったり収まった。
では、明治45年から昭和20年までのポスト明治時代を、1990年からに当てはめると、昭和20年は2023年になる。
なーるほど。失われた十年から令和までの時代は、大正時代から昭和エログロ、軍国主義、敗戦時代の追体験だったか。となると、その先は近代日本史の未体験ゾーンだ。新しい日本はやっとそこから始まるのではないか。

子供の頃、電車が好きだった。幼稚園に上がる前までは、闇雲に好きで、絵本などを眺めていたのだが、ケンジ君という電車好きの友達ができ、彼から地図の概念を教わり、新しい面白さに目覚めた。地図と言っても、ケンジ君が田舎に帰るときに乗っていた東武特急の停車駅を箇条書きにしただけのものだが、それがあると『電車ごっこ』をする時の臨場感が格段に増すのだ。
で、行ったことがある修善寺や千葉の岩井までの駅名を知りたくなり、本物の地図を眺めるようになった。小二の頃、我が家の壁に東京近郊の地図が貼られていたが、毎日飽きもせずそれを見ていた。しかし修善寺や岩井はその地図の範囲外にあった。
この地図の先にある世界が知りたくて、本屋へ行き地図の立ち読みをした。しかしよく行く近所の本屋には永井荷風みたいなオヤジがいて、ガキが立ち読みすると怒るのだ。で、おっさんがいない時を見計らって地図の立ち読みをし、駅の暗記を試みた。しかし、まだ小二なので読めない漢字が多かった。
この時のオイラに地図をどっさり買い与えていれば、博士ちゃんになっていただろう。だが、そうはならなかった。当時の親世代は、子供がこういう時に知識のスポンジ状態になっていることを見抜く術がなかった。また、見抜いたとしてもどうすればいいのか、ノウハウがなかった。

今の博士ちゃんたちの親世代は、子供がスポンジ状態になっている時にその子が求めているものを思うさま与えれば博士化が進行することがわかっている。全員ではないだろうが、昔に比べるとはるかに、子供の好奇心に対する許容量は大きくなっている。

明治の追体験と、副作用としてのポスト明治を終えたその先の時代は、博士ちゃん世代によって作られるのではないか。

そういえば、自分の子供がしっかりしているのを不思議がる親って、最近は普通にいるけど、おれらの子供の頃にはいなかった。いても、そういうしっかりは、孝行という概念へと収斂されていたように思う。

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