夜道を避けてギリギリの移動

246が御殿場線に沿って右に曲がるところで、信号をまっすぐ渡って市街地に入り、ランニングを終了した。ひと晩の走行距離は36キロだった。山北まで走れれば40キロいっただろう。

公園に移動し、上のウェアだけ洗い、水を絞ってそれを着た。

スマホの電池が切れかけていた。酒匂川を渡り、開成町のマックに移動した。

朝飯に、ビッグブレックファスト デラックスを頼んだ。電源のある席は朝日をもろに浴びるところにあった。スマホとランニングウォッチを代わる代わる充電した。松田には町営の銭湯があり、10時に開くようだったので、9時半まで充電をしながら『反=日本語論』を読んで時間をつぶした。眠気のために同じページを何度も読み直さねばならなかった。

10時ちょうどに町営の銭湯へ行くと、営業開始時刻は11時と張り紙がしてあった。そりゃないぜと思ったが仕方ない。隣接した公園の木陰にあるベンチで横になった。

11時に再び銭湯へ。設備は普通の風呂があるだけだったので、湯船に浸かった後は、シャワーの水を体にかけて冷水浴の代わりにした。

ウェアやタオルを流水で洗い、先ほど寝た公園のフェンスで干した。干している間、木陰のベンチで横になった。風がとても心地よかった。

1時に起き、ウェアを取り込んだ。乾いていた。

昼飯を食べに『大西』という小田原ラーメンの店へ行った。チャーシューワンタン麺を頼んだ。スープは濃い色をしていた。肉は分厚くて、沢山入っていた。

昨夜のランニング経験から考えて、夜に御殿場線沿いのルートを走るのはやめることにした。日が出ているうちに御殿場近くまで移動し、市内のスーパー銭湯で夜を明かし、明日の早朝に三島まで走ればいい。

問題は、何時頃に松田を出発するかだった。ラーメンを食べ終わり店を出ると、外はカンカン照りで、とてもじゃないが走れそうになかった。松田駅周辺には店もあまりなく、時間をつぶす手段もなかった。

駅前にある『モンペリエ』という喫茶店に入りアイスコーヒーを頼んだ。メニューを見ると、セットが色々あった。ここで昼飯を食べても良かったかな、と思った。

『反=日本語論』読了。
1977年に出版された本。蓮實先生の奥さんはフランス語を話すベルギー人。息子は当時9歳で、日本語とフランス語の両方を苦もなく操っている。
この二人の、日本語とフランス語への対し方を日常で観察し、それを言語学の知識と語学教師の経験からエッセイ風の文章にまとめたものの集成である。初めから本の形にするため書かれた原稿ではないと、あとがきに書かれていた。
西欧の言語は音声のことであり、書き言葉は話し言葉の下に位置する。そのことが全体的に強調されていた。妻と喧嘩をした時のエピソードも綴られていた。原因が映画だったことに笑ってしまった。

3時に店を出た。外は当然のように暑かった。店でもう少し待っていても良かったが、本も読み終えてしまったし、スマホの電池がもったいなかった。

しかし、新松田駅も松田駅も、時間を潰せる良い場所がなかった。公園も近くになかった。どこかの日影で座っていられれば十分だったので、酒匂川の河原に向かって少しずつ移動し、ファミリーマートでコカコーラゼロを買い、建物の影になっている石段に座った。

コーラを飲み終えてGoogleマップを調べると、河原の近くまで来ていた。木でも生えていれば木陰で休めるかもしれないと思い、行ってみた。

河川敷のグラウンドで子供たちが野球をやっていた。すぐそばに橋が架かっており、その下に日影ができていた。うまい具合に、河川敷に下りるスロープの塀があり、橋の真下でその上に身を横たえると、コンクリートはひんやりしているし、風は涼しくて、まことに具合がよかった。
そこで4時過ぎまで昼寝をした。

4時過ぎ。起きて、そろそろ走りはじめねばと思った。
目的地は御殿場のマクドナルドにした。そこで充電してから、近くのスーパー銭湯に行く段取りだ。

距離は26キロあった。普通にランニングするのではなく、休み休みだろうし、明るいうちに山間部を通り抜けるにはそろそろ出発しないといけなかった。

4時20分頃、酒匂川の河原沿いを上流に向かって走りはじめた。日差しは、喫茶店を出た時に比べると若干弱まっていたが、それでもウェアはすぐに汗まみれになった。

アユの友釣りをしている釣り人がいた。道沿いにはおとり鮎の販売店もあった。

途中で川沿いから道を右にそれ、住宅地を縫って坂を上った。上り坂になるときつくて走れなかったので、歩いて上った。

山北駅が近くなると喉の渇きを覚えた。246に合流した時点で、走りはじめてから44分が経過していた。自販機を見つけたので麦茶を買って飲んだ。あっという間に空になった。

休憩してから、246を谷峨方面に向かって走った。足柄峠方面へ道が左に分岐している信号をまっすぐ渡った。以前峠走をした時に通った信号だ。手前あたりから歩道がなくなっていたので、車道の端を走った。

信号を過ぎて最初のトンネルをくぐったあたりから、246はまるで有料道路のようになった。車が脇をビュンビュン走り抜けていった。白線の内側を走っていたが、片側一車線だったので、トラックが横を走ると空気の圧を感じた。

道は谷川に沿っていた。小さな滝が見えた。写真に撮った。車を止めるスペースはなく、運転していたら撮れないだろうと思った。

車の退避スペースのようなへこみがあったので、そこに入って小休止した。いつまで車道だけの状況が続くのだろう。明るいうちはいいが、暗くなってくると危ない。

地図を見た。谷峨に246と分かれる道があった。小山にローソンがあり、その先にも246から分かれる道があった。Googleマップの目的地をローソンに設定した。5キロちょっとあった。痛っ。右足の脛にオオヨコバイが止まって血を吸っていた。弾き飛ばした。

走りを再開する。背後に車の音が聞こえたら振り返り、トラックだったら端の塀に身を寄せてやり過ごした。対向車線をパトカーが通ったが何も言われなかった。一応歩行者が走ってもいいルートなのだ。

なるべく止まらずに走った。早く歩道のあるところまで行きたかった。突然、右ひじに何かが当たった。乗用車のミラーがこすったのだった。「あっぶねえ!」と思わず叫んだ。

谷峨の手前から先には、反対車線側に歩道があった。車が来ないのを見計らって移動した。歩道は雑草がものすごく大きく育っており、かき分けないと進めなかったが、車道を走るよりはマシだった。

やがて車道は二車線になり、進行方向側にも歩道が現れたのでそちらに移動した。二車線になった分だけ車道の端にも余裕ができ、走りやすくなった。

そのあたりで喉がまた渇き始めた。山北を出てから40分以上経っていた。自販機を見つけ次第休憩しようと思った。

しかし、今度の渇きはしんどかった。口の中の水分がなくなり、体が重くなってきた。山北で飲んだ麦茶はすべて汗になって出てしまったか、ぞれとも麦茶だけでは足りないほど元の体が乾いていたか。両方かもしれない。あるいは、車道を走るストレスで必要以上の水分を消費したことも考えられる。

途中、ガソリンスタンドの横を通った。自販機は見当たらなかった。ちっ。

店主らしきおじさんが犬のリードを持ちながら車道を横切り、スタンドに向かって歩いていた。犬はオレを見て吠えまくった。おじさんはリードを強く握って犬を引いた。犬はリードを引っ張り、オレに向かってこようとしていた。オレを『移動する備蓄食料』とみなし、おやつの時間を訴える吠え方だった。気分が良くなかった。

やがて、道が静岡県に入ろうとするあたりで、遠くにローソンの看板が、見えた。

ような気が、した。

「おい儀作、ありゃ、ローソンじゃねえべか?」
「バカこくでねえっ」
「間違いねえ、ローソンだ」
「そんただこと、あるはずがねえっ」

しばらく進むとローソンの看板はカーブの向こうに隠れた。

「ほれ、見てみい弥助。看板なんか、あるわけねえでねえか」
「けどもよ、確かに見えたんだよなあ」

やがてカーブを曲がると、今度ははっきりとローソンの看板が信号の向こうに見えた。

「おい儀作、あれ見てみろ」
「…」
「ローソン、だよなあ」
「ローソン、だあ…」
「どうする?」
「どうするって、おめえ」
「走るか?」
「決まってるべ」

儀作と弥助とオレはローソンに走った。

ろーそんで、200mlのグレープフルーツジュースとアクエリアスを買い、パーキングの段差に腰掛け、一気にそれらを飲んだ。

グレープフルーツジュースを、一昨日からコンビニに入るたびに探している。セブンイレブンとファミマにはなかった。オレンジ、アップルとくれば、次にグレープフルーツが来るはずだが、なぜかパイナップルというラインナップになっていた。ひょっとしてグレープフルーツ自体が品薄なのかもしれない。スーパーの果物コーナーでも最近見かけた覚えがないし。

もう一度ローソンに入り、サンガアリアのローカロリーサイダー700mlを買った。パーキング端の傾斜に座り、それをゆっくり飲んだ。そろそろ日が沈む頃合いだった。

地図を見た。少し先に246から分かれる道がある。そこからは車道の端をドキドキしながら走ることはなさそうだ。明るいうちに走っておいて良かったと心の底から思った。

7時頃にローソンを出た。246から脇道に下りるあたりであたりは暗くなってきた。街灯がほとんどないため、足元が見えにくかった。しかし、しばらく進むとその道にも歩道が現れた。歩道さえあれば大丈夫だと思いながら、ゆっくり走った。

そのうち住宅が増えてきて、街灯の明かりで道もよく見えるようになってきた。このまま御殿場まで明るければいいのだがと思ったが、御殿場線の内側ルートをとると、道はまた、山道みたいに暗くなった。

スマホの電池は残り12%くらいになっていたが、なんとかもちこたえていた。残り少なくなってくると粘るようだ。

真っ暗な道ぞいにある自販機でアクエリアスを買って飲んだ。

御殿場市内に入る。そのあたりからルートは複雑になり、Googleマップが手放せなくなった。ここで道を間違えたら大変なことになる。スマホの電池も残り少ない。
ルート通りの道を走ると、急な登り坂にさしかかった。ここにきて登り坂は、しんどい以外の何物でもなかったが、なんとか走って上まで登った。

坂を登りきると、どこかの高校の横を通った。スポーツの記録が横断幕で張られていた。「何々くんやり投げで優勝」とあった。

思わずつぶやいた。

「いいぞ何々くん」

大人としてのアドバイスも送った。

「しかし、やり投げはいいが、ヤリ逃げはいかんぞ」

さらに付け足す。

「投げやりもいかんぞ」

目的地のサウナまで、残り5キロを切っていた。そろそろ市街地に入ってもいいはずだと思ったが、Googleマップの勧めるルートは常に道幅が狭くて暗かった。しかし、もう道が狭かろうが暗かろうがどうでもよくなっていた。体が闇と一体化し、自分がそっち側の人になっているような気がした。

サウナまで残り2キロを切ってから、地図を見直してルートを頭の中に入れた。スマホの電池残量が8%を切っていたので、電池が切れてもサウナまで行けるようにしておきたかった。

残り1キロを切ったところで、田んぼのあぜ道を通った。砂利道だった。ほんとにこのあたりは市街地なのかと疑問に思った。

しかし、砂利道は再び舗装道路に合流し、その道を進むと車が行き交う音が聞こえてきて、やがて大通りとつながった。

大通りには光の奔流があった。文明だ、と思った。カステラ一番電話は二番、と思った。

信号を渡ったところにマックがあり、さらにちょっと行ったところがサウナだった。マックをゴール地点にして中に入った。

ビッグマックセットを頼んだ。飲み物はスプライトにした。空腹感はあまりなかったが、無理矢理食べた。

サウナの建物は予想していたよりも小さかった。中に入り入浴料を払う。以前、秦野で入ったスーパー銭湯に似ていた。


風呂の種類は豊富だったが、疲れていたので色々試す余裕はなかった。入浴し、冷水浴し、サウナに少し入り、また冷水浴をした。冷水は、自分のサウナ史上もっとも冷たい水だった。今の自分にはちょうど良かった。

ヒゲを剃り歯磨きまでして風呂を出た。寝間着に着替え館内を少しうろついた。充電設備がなかった。困ったと思ったが、切迫感はそれほどなかった。とにかく寝よう、それから考えようと思った。

休憩室のリクライニングベッドで横になった。後頭部から床下に引きずりこまれるような眠気がやってきた。