始まったのは11時半過ぎ頃だった。一階に下りバーカウンター周囲を眺めた。昨年と比べると、友達や彼氏彼女と一緒に来た客が増えたようで、雰囲気が賑やかだった。
フロアはまだ満杯になっていなかった。今のうちに…という感じで前方に陣取り、音楽に身を任せた。すぐ浮遊感に包まれていい気持ちになった。
朝までなので体力配分に気をつけないといけないなあと思った。去年はフロアに2時間、ビール休憩、フロア1時間半、ビール休憩、その後足の裏にマメができたので手すりのところでボーッと最後まで眺める、といった時間配分だったと思う。前半興奮しきって、後半バテてしまった。
今かかっている音にただ反応するといった塩梅で楽しみ、そろそろ2時間くらいたったろうかと思ってスマホを見ると、まだ1時を過ぎたばかりだった。楽しみがたくさん残っていた。そこでビール休憩をした。
バーカウンター周辺には結構人がいて、スマホを見たり談笑したりしていた。ビールを飲んで壁に寄りかかると、両腿の筋肉が張っているのを自覚した。
フロアに戻り、後方左側から再びフロアに下りた。人がいっぱいいる温泉に、失礼しますといった感じでそっと入り、音の波を漂うように、前がすこしあくと移動した。気分がよくなってくると筋肉の張りを忘れた。そのタイミングで好きな音がかかったりすると、がぜん、動いちゃいたくなったが、そこを、「オレも大人だから」と抑え、ニヤニヤしながら揺れて漂い、音と一緒になることを試みた。夜中の2時から3時くらいの時間帯だったと思うが、この時が一番気持ちよかった。
3時過ぎにカシス休憩。上はTシャツだけだったが、少し汗ばんでいた。上着を着たままだったら大変だったなあと思った。
再びフロアへ。今度は、特に前に移動することはせず、ゆとりのあるスペースに陣取って音に身を任せた。一度、スマホをチラリと見たら、時刻は4時10分くらいになっていた。
そして、昨年に続き、足の裏にマメができていた。しかし、音の中を漂う心地をちょうど掴んできた頃合いだったので、そのままずっとフロアにいた。
しかし、5時20分頃になって、さすがに体力が尽きかけてきた。同時に、脳内麻薬で抑えられていたマメの痛みも強くなってきた。手すりのところへ行き、もたれて音楽を聞いたが、そろそろ終わるなあと思った。気分はふわふわしていた。
いい気分のまま2階に上がった。ロッカーを開けてシャツと上着を着た。そのタイミングで音が終わり、拍手と歓声が聞こえた。
外に出た。思ったよりも寒くなかった。ただただ、卓球さんに気持ちよくしてもらう6時間だった。楽しかった。来年行くならマメ対策をしないといかんな、と思った。
永福町で降りると、恵比寿と比べて2、3度は寒く感じた。自転車のハンドルが凍り付いて回りにくくなっていた。
1キロ弱ほど走り、ファミリーマートに入った。手がかじかみ、体が震えた。
カップうどんとスパイシーチキンを買った。東の空が朱色に染まっていた。空気が澄み切っていた。これじゃあ放射冷却が起きて、寒くもなるだろうなあと思った。
6時20分帰宅。
チキンとうどんを食べた。うどんに唐辛子をたっぷり入れたが、少しも暖かくならなかった。食べ終わってからすぐに寝た。
11時に起きた。
入浴して体を少し暖め、自転車で現場へ。寒い日だったが、明け方の寒さを経験したためか、いつもより暖かく感じた。
午後、ゴッド氏ツールの、重複分操作フォームを作り込んだ。
夕方、中野第一ライブラリで本を借り、和田図書サービスで本を返した。
TSUKASAで買い物する。紅はるか2本、冷凍たい焼き、コーラ、コーヒーを買った。
6時40分過ぎ帰宅。
夕食にフルーツグラノーラと豆乳。
昨日買ったトリスのポケット瓶が余っていたので、コーラで割って飲んだ。
錦鯉の動画を見た。M-1ネタその他。
まさのりさんは、何年も熟成させたワインのように熟成させた『バカ』であり、五十歳ならではの芳醇さがある。三十代だとそうはいかない。この『バカ』は概念であり人をさす差別語ではない。『作品』を名乗れる境地をさす。
演者が若いと、どんな『バカ』でもまだなんとかなるんじゃないかと、見た者は思いうる。しかし五十歳だと、見た瞬間手遅れだとわかるため、「このままバカとして死んでいく存在なのだなあ」と思いつつ、心の底から安心して心配できる。M-1決勝でやった、猿とバナナのくだりは、その関係性で笑いが倍加しているように思った。我々は、涙を流して笑いつつ、同時に、バナナとっちゃだめだよと、心の底から心配していたのだ。
10時半就寝。