コースを読めぬもどかしさ

4時半起き。寒かった。
朝風呂に入り、7時過ぎまで二度寝した。

7時40分過ぎ、家を出る。自転車で現場へ。

午前中、赤信号さんが昨日の夕方くれたメールに書かれていた依頼に取りかかる。10時半に終了し返信した。

昼、『プーさんの店』で日替わり食べる。久しぶりに食べると、この店の日替わりが700円であることに改めて驚かされる。

サイクルスポットに自転車を預け、ひと月点検を依頼する。

松田美智子『仁義なき戦い 菅原文太伝』読了。
終始、もどかしさを感じた。生い立ち、雌伏期、映画スターになっていくところ、晩年と、丹念な取材でトレースされていたのだが、こうか? と思ってつかまえようとしても、つかみ損ねてしまうようなもどかしさを、著者が一貫して感じているように思えた。伝わってきたもどかしさはそれだった。読者としては、文太にもどかしさは感じず、ただ受け入れてしまった。昭和ひと桁の男を理解するために、昭和生まれの人間として説明なしに納得してしまう土台が自分の中にすでにあった。ただその土台は松田美智子にもあったはずだ。
文子夫人の存在が、文太を君子豹変の人にしていたかもしれない。文太の人生コースは文子夫人によって変化の軸そのものが変えられたのではないか。バッ文太という球を打とうとバッターボックスに立った著者は、左右に曲がると思ったら落ちたり、変化球かと思ったら剛速球だったり、速球を待っていたらチェンジアップだったりと、翻弄されていたように思う。人生の折々で文太がしたことに対して、批判的にツッコむようなひと言が多いように思えたのは、なかなかバットに当てられない苛立ちがあったからだろうか。
文子夫人に大変興味を持ったが、彼女は取材を受けないボリシーを持っているらしかった。それでも著書は読み、感想をくれたそうだ。インテリで、文太に最も強い影響を与えた人として、この人の取材ができなかったことはやはり痛い。

午後、赤信号さんから返信はなかった。
節子を改修する。

7時帰宅。

東野幸治がラジオで喋っていた手延べ餅をネットで買い、それが今日届いた。お汁粉にして食べてみた。中身がぎゅっと詰まった餅だった。

夜、ただネット動画を見てダラダラ過ごす。最近、夜のルーティンが崩壊している。ダラダラ過ごすことで気分を下げている。寒いせいもある。

12時半就寝。

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