『たった一人の生還』読了

4時半起き。
日記を書き、朝飯にバナナとりんごを食べる。りんごは、先日行った天竜峡の、地元採り青果販売所で買ったもの。リュックに入れてそっと運んだつもりだったが、表面が圧迫されて傷んでいた。

夕方は雨が降るという予報だったので、バスとメトロで現場に向かった。

午前中、マイヤー氏ツールを作っていると、歯科医さんから別ツールのエラーについて報告される。その対応に追われていると、ホッチキスさんが来て、昨年作ったツールの機能追加と、先月途中まで作った便利マクロの続きを催促される。一瞬、濃いめの忙しさに包まれたが、昼にはまたヒマになった。

昼、10分ほど歩き、『金子』という町中華で半チャンラーメンを食べた。ラーメンのスープはあっさりしていたが、出汁がしっかり効いていた。チャーハンもボリュームがあった。駅から遠く、住宅地の路地にある隠れ家的な店だが、あと500メートルほど駅に近ければ行列ができる店になっているだろうと思った。

午後、マイヤー氏のツールを作る。自分の趣味モードに入ってきた。

レキシのライブチケットを入手した。9月。横アリ。
GLIM SPANKYのライブチケットを入手した。12月。人見記念。
今月はPerfumeがある。有アリ。
10月は電気グルーヴ。ぴあMM。

11月だけ、ライブを見に行く予定がない。

『たった一人の生還』読了。
夜、衝撃音と共に船が転覆。皆は船の周りにすがりつく。舵担当だったクルーはこの時に死亡。船は自然に反転し元の体勢に戻る。しかし復旧を試みても果たせず沈没。全員救命艇で避難することに。しかし、様々な不運が重なり、食料も救命用具も、救護信号発信装置もないまま漂流することになった。空腹より渇き。一度だけあった大雨を除けば、飲料水はわずかしかない。年が明け、YS-11機がすぐ上空を飛ぶのを見て、皆は歓喜する。助かった。あとは救援ヘリがくるのを待つだけだ。しかし、待てども待てども助けはこない。そのうちに日が暮れる。おかしい。確かにYS-11をこの目で見たのに。もしかして、見つけられなかったのか。あんな近くを飛んでいたのに。時間が経つごとに、絶望が皆を包む。そこから、死が始まり、一人また一人と死んでいく。

YS-11を見つけたあとの展開は、読んでいて辛かった。助けられた佐野さんが海上保安庁の人に何度も言ったのは、YS-11を見た、ということだった。それは、もしそのYS-11が自分たちを発見してくれれば、みんな死なずに済んだという、痛恨の問いだ。

夕方、中野からバスで帰宅。結局雨は降らなかった。

夕食に、ご飯、ネギオクラ納豆、長ネギと舞茸の味噌汁、茄子のぬか漬け。

インベンションと、海に沈んだ鍵盤の練習をする。来週はあまり時間がないので、今のうちに積み重ねておかないといけない。

キックボードの振込先、連絡来ず。

11時過ぎ就寝。