歌の人オリビア

6時起き。
朝飯に、ご飯、明太子、高菜、ウニ海苔食べる。

8時過ぎに実家を出る。

午前中、先週の夏休み期間中に来ていたメールを読み、トラブル対応と依頼をこなした。
昼前に終わった。

昼、『ぷん楽』で煮干しラーメンとライス。スープが塩辛いと感じた。

午後、ヒマ。

ヒマになると色々なことを考える。

最近気にしているのは、現場における自分のたたずまいについてだ。延々と黙っているが、何か話しかけると必要以上にでかい声でずけずけモノを言う。

こんな奴に、人はものを頼みたいなんて思うだろうか。

かといって、ニコニコと愛想良くするのは無理だ。へりくだるのも無理。

今日も、午前中にタイガーさんから、夏休み中はよく休めたかと聞かれたのだが、
「超忙しくしてましたよ」
と、身も蓋もない言い方で答えてしまった。セリフは変えられなくても、言い方は変える必要があると反省した。

今のところ、自分にできるのは、いい声でそのセリフを言う、という対応だ。1/fゆらぎの低音を意識し、マントルピースの上に鹿の角が飾ってある暖炉の前で、バイプをくゆらしながら言うイメージで。

次に、8月8日に亡くなったオリビア・ニュートン・ジョンのことを考えた。
「フィジカル」が有名だが、全キャリア中あの曲はむしろ異端である。西城秀樹における「ヤングマン」であり、米米CLUBにおける「君がいるだけで」のようなものだ。

オレが洋楽を聞き始めたのは1984年だった。オリビアは前年に「運命のいたずら」をヒットさせていたが、リアルタイムで聞くのには間に合わなかった。

1985年にオリビアは久々にニューアルバムをリリースしたのだが、83年からの2年で時代は大きく変わっていた。アルバムからのセカンドシングル “Toughnen Up” の彼女はかなりおばさんっぽく見え、音も古くさく感じた。なにしろ、マドンナがブレイクした年なのだ。

最近、Youtubeで、”Toughen Up” のPVを見返した。女子頑張れソングで、オリビアは舎監と生徒の二役を演じている。舎監の時の髪型と衣装がすごくおばさんっぽかった。生徒の時はツインテールで、周りの女子たちに比べてウブな態度をとっているのだが、それも逆効果で、かえっておばさんっぽく見せる結果になっていた。生徒役の時、えーんえーんという泣き顔をする小芝居は、おばさん方向へのダメ押しになっており、今見ても、あいたたた、となってしまう。

「フィジカル」は、セクシャルなムードを漂わせる意味深な曲として扱われたのだが、これは翌年デビューしたマドンナにレールを敷くことになったと思う。そのレールを、マドンナはオリビアより見事に走り抜けた。

1985年のオリビアは、同じレールを無理して走ろうとしているように見える。

でも、マドンナとオリビアは、全然タイプが違う。

マドンナは、徹頭徹尾、ダンスミュージックの人だ。自分の踊りを人に見せるために曲があるのではなく、みんなが踊るために曲がある。だから、とにかく踊れる曲を歌う。そのブレなさが40年続いていることが素晴らしい。”Like a virgin” はむしろ、売れることに徹した例外だ。

オリビアは、歌の人だ。子供の頃から歌うことが大好きで、音楽一家で育ったと思わせるような人だ。音楽一家とはきっと、夕食の後、暖炉の前に家族が集まって、子供たちが順番に歌うみたいな一家だ。もちろんマントルピースの上には鹿の角が置いてあるのだ。

だから、「フィジカル」以前のオリビアが好きだ。

夕方、中野駅で降りると雨が降っていた。雨雲レーダーを見ると、少し待てばやみそうだった。5分ほど駅のひさしで雨宿りをし、小降り以下になってから自転車で帰った。

夜、キャベツサラダと豆腐に力士味噌をつけて食べた。

涼しかったのでクーラーはつけず、窓を開けて網戸を閉めた。そろそろ秋だとはいえ、八月下旬にしても今日は涼しかった。

対馬で買った焼酎、こっぽうもんを飲んだ。

11時過ぎ就寝。