生きること

二日続きで芋焼酎を飲み、珍しく二日酔い気味で10時に目が覚めた。対馬で飲んだ焼酎がおいしかったので、にわかに焼酎ファンになってしまった。

朝飯に、オールブランとミルク、トースト、目玉焼き。

自転車のタイヤチューブ交換をしなくてはいけなかったが、どうしてもやる気が出なかった。

昼1時過ぎに家を出る。外は蒸し暑かった。 『日高屋』で昼飯にラーメンと餃子食べる。

3時過ぎ、実家へ。

母から、伯父の見舞いに行ってきた話を聞く。

伯父は今年95歳で、今は川崎の施設で暮らしている。先頃コロナに感染し入院していたが、退院して施設に戻ってきた。入院中、貧血の症状が見られ、輸血するしか処置の手段はなかったが、伯父は輸血を拒否し、退院してきたという。

施設には伯母も一緒に入所している。彼女は脳梗塞を患った関係で言葉が不自由になっている。

二人はもともと戸建ての家で暮らしてきたが、後期高齢者になるとマンションに引っ越した。そして、おそらく伯母が脳梗塞を患ったことがきっかけで、現在の介護施設に夫婦で入ることにしたのだと思う。母からの又聞きなので詳しいことはわからないが。

四年前、母の姉で伯父の妹であるミヨ子伯母の葬式で伯父に会った。この時伯父は杖をついており、歩くのが困難そうであったが、ミヨ子伯母の見舞いをしに病院へは何度も通っていたそうだ。

翌年、うちの父が癌になり、母が伯父に連絡をした時には、もう施設に入っていたという。ミヨ子伯母が亡くなってしばらくして、施設に入ることを決めたのだろう。

輸血を拒んだ伯父は、施設内で車椅子に乗ろうとする時など、介助呼び出しのボタンを押さずに自力で乗ろうとしては、ふらついて倒れることを繰り返しているという。伯母さまは、そんな夫に文句を言いたいのに、言葉がすらすらと出てこず、イライラをつのらせているそうだ。

介助ボタンを押さない心理は、わかる。自分もそうするだろうと思う。支えてもらうのが恥ずかしいとか、手を煩わせるのが悪いとか、そんなことを思うわけじゃない。ただただ、そうしたい。倒れてもいいからそうしたい。

母にはこの気持ちが理解できないらしい。だが、近いうちに母も、同じことを思うだろう。

父についても同じようなことがあった。昨年3月、コンビニへ買い物に行こうとして、途中で歩けなくなり、近所の人が気づいてうちに知らせに来てくれたことがある。それ以来、母は父の外出を禁じた。母にとってみると、介助をしないと歩けないのに歩こうとするのは、父の罪だと思えたのかもしれない。

出かけることを禁じられたひと月半後に父は死んだ。最後まで排泄のためには必ずトイレを使おうとし、支えられながらもトイレまで歩いていた。

伯父か自分の力で車椅子に乗ろうとすることや、父が自分の足でコンビニに行こうとすることは、生きようとすることと同じことだ。ふらついて倒れたらかかるとされている周りの人への迷惑の質について考えると、慄然とする。その迷惑は、周りの人が責任をかぶらなくてはいけないことから発している。怪我をさせた責任、見ていてあげなかった責任。でも、その責任は、場合によっては取らなくてもいい責任だ。自力で車椅子に乗ろうとして果たせず、頭を打つなどして寝たきりになり、その結果亡くなってしまうのは、伯父にとって本望だろう。生ききろうとして果たせす、力尽きた結果の死であるのだから。

だからといって、勝手に転べというわけではもちろんない。しかし、介助ボタンのニュアンスが、自力で車椅子に乗ろうとすることをぎりぎりまで見届けつつ最小限の補助をし、それでも無理なら介助してくれるというものだったら、伯父はもっと楽な気持ちでボタンを押せたろうになあと思う。

夜、小僧寿しとシュウマイ食べる。

8時半までAKIRAセーターを編む。ふせ止めをした左袖は、糸のテンションが強すぎて肩周りの寸法と合わなかったので、数段ほどいて編み直した。

9時前、旧江戸川のうひよゾーンでシーバス釣りをする。久しぶりに風がそれほど強くない中で釣りができた。

満潮時刻は9時ちょっと過ぎだった。表面はやや波立っていた。

ますアルゴ105を投げたが、ボイルはなかったので、早々にシンペンに変更した。スイッチヒッター、トライデント、ダイソーシンペンを投げた。アタリがなかったのでポイントをやや南に移動した。流れが下げはじめ、水面が穏やかになってきたので、久しぶりにエリア10、ノガレを投げた。反応はなかったか、ボイルが見られるようになってきた。

再びシンペンに戻り、トライデント、ダイソーシンペンを投げてから、ふと、ワームを投げてみようかと思った。

ピンクのワームをつけた静ヘッドの7グラムをダウンにキャストし、シンペンよりはやや早めにただ巻きした。

するといきなりヒットした。

竿の感触から、それほど大きくないとわかった。一度水面近くまで引き、やや引かれ、もう一度引き、その直後にバレた。

バレたあと、水際のゴロタ石にワームが挟まってしまった、岩の裏側に引っかかっているのはわかったが、棒か何かでラインを底の方に押さなくては取れそうになかった。

やむを得ず、水際でヘッドライトをつけ、その辺に落ちていた棒を岩の間に差し込んで突っついたりしたが、奮闘虚しくリーダーが岩に擦れてワームをロスしてしまった。

水際でしばらくヘッドライトをつけてしまったため、魚は周囲から散っているだろうと判断し、反対のアップ側に、12グラムのジグヘッドに装着したイエローのワームを投げた。しかし、こちらはかすりもしなかった。再びトライデントをつけなおし、先ほど魚がかかった方向へダウンに投げたが、ダメだった。

「隣でやらせてもらっていいですか」と声をかけてきて釣り始めた下流側のアングラーが、釣りはじめて早々シーバスをヒットさせていた。彼が投げたアップの方向は、オレが先ほど投げてヒットさせたダウンの方向になる。そのあたりが、魚がよくたまるポイントなのだろうと見当をつけた。6月29日にシーバスをヒットさせたのもそのあたりだったかもしれない。ポイントは正確に覚えておかねばと思った。

11時過ぎ実家帰宅。またしても釣れなかったが、ワームで魚がかかった経験ができたのは良かった。

水のシャワーを浴び、1時過ぎ就寝。

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