トールモー・ハウゲン『夜の鳥』『少年ヨアキム』再読。
間違えて続編の『少年ヨアキム』から先に読んでしまった。
大人になればなるほど味わい深い児童文学作品。
パパが出勤拒否症になっているという設定があり、その重さが子供には<タンスの中が怖い>という妄想の形で伝わる。
30年以上前に出版された作品だが、当時の日本ではあまりリアリティを感じられなかったろう。
10年前、学芸大の劇団漠で、この作品をモチーフにした芝居を上演した。
タイトルはずばり『夜の鳥』
漠の歴史に残る傑作だったが、原作にある不安感は欠落していたと思う。
妄想部分を抽出し舞台美術や小道具でふくらませた結果、原作とは別のカタルシスが生まれた。
もしも不安感が盛り込まれていたら、芝居としては面白くなかったかもしれない。
この芝居を演出したのが、劇団阿佐ヶ谷南南京小僧のイーノ君で、当時は3年生だった。
OBだった僕はなぜかテント作りなどを熱心に手伝ったのだが、あれは楽しい経験だった。
イーノ君が漠で演出するのはそれが3作品目だったが、その作品ではじめて<イーノ色>が出せたんじゃないかと思う。
それまでに演出した2作品とも見ているが、はじけきれないなにかを感じていたのだ。
カメラマンの浅香もこの作品は気に入っていたはずで、彼が何年か前にやった写真展のDMには『夜の鳥』の舞台写真が使われている。
テントの背後ががばっと開くという紅テントみたいな演出があったが、学芸大キャンパスの端に建てられたため、テントの向こうは美しい照明に照らされた不思議の森になっていた。
写真は森に消えていく少年達が「もういいかいったらもういいかーい?」(だったか?)と叫ぶシーンをとらえている。
好きなシーンだし、好きな写真だ。
そういえばチェーホフの『かもめ』の1幕目で、トレープレフが母親達に自作の芝居を見せるために建てた仮設舞台があり、その舞台もセットをどけると湖が見える仕掛けがあった。
舞台女優の母親がそれをいちいち茶化し、トレープレフが切れてしまうというのが面白い。
昼、冷麺を食べる。
具は昨日とまったく同じ。
冷麺を食べたせいか、筒井康隆の『敵』が読みたくなった。
いつもは逆で、『敵』を読むと冷麺が食べたくなる。
夜、この前作ったカツ丼の出汁加減を見極めるため、親子丼を作った。
確かに以前つくったものよりおいしくできたが、まだなにかが足りない気がする。
卵の風味がもう少し欲しいところだ。
おそらく火を止めるタイミングが一歩遅く、いい感じの半熟になっていないのだろう。
<少年>というテーマでノートまとめをする。
子供の頃はやはりバカだったなあと思う。
ペンキの跡は殺人事件の血の跡ということになっていたし、いつまでも壁に残った落書きは精神病院を脱走した怪人が描いたものということになっていた。
そういえば口裂け女が小学生の頃に大流行した。
あれは何だったのだろう?
子供達の間で自発的集団下校措置がとられたのがおかしい。
先生も、
「集団下校してはいけません」
なんて言えないから、妙な顔で見ていた。
学校から一番遠い家の子供が、2番目に遠い子供の家にあがったまま帰れなくなったり、口裂け女は油っぽい髪が苦手というデマを鵜呑みにした子供が、ポマードてかてか頭で登校したりなど、今思うと滑稽な出来事が沢山あった。
夜、ブログのデータベースを更新する。
MovableTypeのデータベースをMySQLに移行するという、なんだか自分でもよくわからないちんぷんかんぷんなことをやった。
おかげで日記を更新する時にエラーが出なくなった。
Movable Type導入おめでとう。すごいね。俺にはサーバ関係は全くわからないよ。
「夜の鳥」はよかったねえ。
いまだにあの芝居を思い出すだけで白飯3杯喰えます。
残念だったのは、自分が専属アシスタントをしていた時代だったのでゲネプロに都合がつかなくて、ベストポジションでの撮影ができなかったこと。今も悔やまれます。
それ以前もそれ以後も、よそでもっとクオリティの高い芝居は見ているはずなんだけど、そう単純には比較できないんだよね。
あの芝居があったから、その後も10年近く漠とつきあっているのだと断言できる。自分にとっては、漠に入るきっかけになった「大きな空のキの中で」と並んで重要な公演です。
94年の『夜の子供』『ランドセル』
95年『ニッポン・ウォーズ』『夜の鳥』
このあたりが好きだったなあ。
特に『夜の鳥』は、直前に自分も芝居に出ていて行き詰まりを感じていた時だったから、
「なんだ、漠の生き方でいいんじゃねえか」
と思ったねえ。
Movabletype は、まだまだ勉強中です。
過去の日記リンクやコメントリンクがあちこちおかしかったりするので、どうやって直せばいいんだろうと悩んでます。
一つ一つやるのは辛いしね。