自己満足

 日記を書くのに大体30分から40分かかる。
 これは最近のことで、昔は10分程度だった。
 もちろん書くことがたくさんある場合はこの限りではなく、最高で1日分の日記を2日トータル8時間くらいかけたことがある。

 個人の日記サイトブームがあり、それがブログに取って代わったのは一昨年くらいのことだ。
 昨年会員数を大幅に増やしたmixiは、
 (自分はこう思うんだけど、みんなはどう思う?)
 というスタイルで日記やブログを書いていた人にとって、理想的なツールだったと思う。
 (みんながどう思うかは知らないが、自分はこう思う)
 というスタイルの人は、ブログの方が合っているだろう。

 何年か前に匿名のメールがきたことがある。
 「どうでもいいことをダラダラ書くのは自己満足っていうんだよ知ってる?」
 という文面で、さすがに腹が立った。
 手紙だったら憤怒の形相でそれを引きちぎり、
 「兵を出せ!」
 とか言えるのだが、メールだとそうはいかない。
 せいぜい、
 「大きなお世話だ!」
 と絶叫しながらピアニストのようにキーボードを叩くことしかできない。

 世に数多いブログのほとんどは自己満足で成り立っているのだと思うし、そもそも<自己満足>という言葉をネガティブな方向で使用するのはいかがなものかと思う。

 自己満足はスタート地点であり、その先に他人を満足させる段階がある。
 他人を満足させる段階においても、自己満足はキープし続けてないと、本末転倒のような気がする。

 先のメールがきた時は頭にもきたけど、他人もこの日記を読んでいるのだということを意識させるきっかけにもなった。
 だからといって、
 (それじゃあ他人を満足させるような文章をがんばって書こう)
 というふうにはならないけど。

 なぜなら、もし自分が読者だとしたら、そういう執筆者の精神はあまり好きじゃないから。

 芝居でも同じことだ。
 客を楽しませようというオーラに満ちた芝居は、客としての自分はあまり好きじゃない。
 (見ているあなた達はこういうの好きじゃないかもしれないけど、私たちはこういうのが好きでたまんないんですよ)
 という精神の方が、小劇場で芝居をやる人間としてはまともだと思う。

 夜、スパゲティを茹でた。
 ソースも何もないのに茹でてしまった。
 8分の間に味付けを考え、エビマヨネーズのソースを作ってそれをかけた。
 ただのマヨネーズをかけるよりはおいしかった。
 これも自己満足のひとつ。

 夜はひたすら考え事をした。
 珍しい。

 自分の中での会話。
 「じゃあ自分の書いてる台本の出来に満足してる?」
 「満足してるよ」
 「あれで?」
 「あなたは満足しなかったとしても、書けたことに満足してるよ」
 「そんな自己満足でやってる芝居にお金払いたくないな」
 「どういう芝居ならお金払いたいの?」
 「プロとしてちゃんとお客さんを楽しませる芝居」
 「どの部分に『プロとして楽しませる』という気持ちを感じるの?」
 「そういうのは見ればわかるでしょう」

 だんだん不毛な自問自答になってきた。
 こういう妄想は不健康だよな。

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