独り芝居

朝、湯豆腐の残りと、冷凍しておいた炊き込みご飯を食べる。

『虚航船団』読了。
ラスト近くになると、内容ではなく描写そのものが狂騒的になる。
ラストが美しい。
「ぼくはこれから夢を見るんだよ」

午前午後とエクセル作業。
今後使いまわすことを想定してマクロを書く。
そうすれば集計作業を依頼されても対応が早くなる。

仕事後高円寺へ。
「大陸」でカツ丼を食べる。
うまさより400円という値段に驚く。
都内最安値ではなかろうか。

北口の本屋に入る。
サブカル系の書籍が充実しているのに、サブカル臭がせず、オシャレな内装だった。
読みたい本ばかりで困る。
半年くらい時間が止まってくれたら、ここに泊まって読みまくるだろう。
『虚航船団』の兄三角定規や、『旅のラゴス』のラゴス。
ふたりの気持ちがよくわかる。

7時に「アローン」へ。
志乃ちゃん二度目の朗読見る。
前回は舞台に上がってから挨拶をしていたが、今回は客席後方でおもむろに語りはじめ、ゆっくりと舞台に上がっていた。
いい手を使っていたと思う。

朗読なのだけど、手には何も持たず、動きながらやっていた。
演劇的ともいえ、感情の揺らぎがチラリと見えるごとに、
「おっ?」
となる。

ひとつひとつの言葉に意志が込められていく様子を見せるパフォーマンスだと思った。
芝居もそうだ。

終わってから、客席を片付けての飲みに参加する。
しのちゃんのお客さんは映画関係の方々が多かった。
しのちゃんの中にある、表現したい、という欲求について、無理に理屈をつけた余計な説明なしに呼べる人々だったのかもしれない。
「マグネシウムリボンの主宰の方です」
としのちゃんに自分のことを紹介され、椅子がガタンと揺れるほど動揺した。
主宰という言葉がどういうわけか主犯と脳内置換されてしまったみたいに。

野崎さんという方とお話する。
作家が思う存分好きな作品を撮れないシステムについて色々聞く。
戦争に例えるなら、政府のお偉いさんが最前線に来て、
「なぜ突撃させないのかね。敵はあそこにいるじゃないか。奇襲は試してみたのかね。君は勝とうというい努力をしているのかね」
と、指揮官にくどくどまくし立てる状況に似ている。
それじゃ、勝てないだろうし、勝てなかった責任を押し付けられる指揮官は、辛かろう。

11時に辞去。

独り芝居のコンセプトが大分固まってきた。
まず「一人芝居」ではなく、「一人」芝居であること。
本当はみんなでやるはずだった芝居を、自分一人でやることになったがゆえに「独り芝居」であること。
複数名のスタッフで作る「一人芝居」ではなく、一人で作る「芝居」であること。
もちろん現実的にそれは不可能なのだが、一人でやらねばならなかったゆえに出来るさまざまなほころびも「独り芝居」の一部と考えること。
「一人芝居」というスタイルに拘泥せず、色々な手段を使って「芝居」を成り立たせようとしてみること。
芝居は、無人島で引きこってしまった男の話で、なぜ彼はそうなったのかを回想していくスタイル。
流されたのではなく、自ら望んでそうしたというのがポイントで、それは俺が「独り芝居」をやろうとしていることにも通ずるだろう。