悪戯の血

6時半起き。
朝飯の支度をし、食べ終わると7時になっていた。
少しだけ朝の作業をして、8時半から仕事。
外は雨だった。

昼前、11時くらいに、飲み終えたコーヒーの缶にお湯を入れ、パックのお茶を煮出してみた。
缶が熱の固まりになり、持って机に戻るのが大変だった。
煮出したのはグアバ茶で、弁当を食べる時に一緒に飲んでみた。
血糖値の急上昇を防ぐ効果があるという。
つまり、急上昇の後の急降下もないわけで、食後の眠気を抑えられるのではと思ったのだ。

プラシーボ効果かもしれないが、食べ終わってから眠気は感じなかった。
結果が良ければなんだっていい。

午後、昨日もめていたフォーム作りを終え、一息つく。
6時前にあがる。
実家へ。

夕食にロールキャベツ

食後、母にあることを尋ねた。

「結婚する前に働いていた頃、同僚の男性社員にいたずらをした話を聞いたことあるんだけど」
母は怪訝そうな顔をしている。
「その人はゴキブリが苦手だったので、精巧なイミテーションを机に入れておいたっていう…」
「ああ、はいはい、違うのよー」
「(オレの記憶違いか…)」
「ゴキブリじゃなくて、ヘビよヘビ! 本物そっくりのやつ!」
「(よけい悪いじゃないか…)…あ、そう…で、その人どうなったの?」
「机あけたらもう大変よ。足の間におもちゃのヘビがポトって落ちて、うわーって叫んで」
「(そりゃそうだよ)…」
「それで仕返しされたの。本物のニワトリの足を書類ばさみの間に入れられちゃってさ。あたしニワトリの足が苦手だから。書類ばさみ開いたら、ニワトリの足がグワッて。それで、いやああ!って叫んで」
「(そりゃそうだな)…」
「面白かったわあ」
「(面白かったんかい!)…他にも、後輩の女の子の誕生日プレゼントに、Gを使って同じいたずらしたことあったでしょう」
「そうなの! きれいな箱用意して、それはもうステキな包装紙に包んで、どこから見ても誕生日プレゼントみたいにして、開けたらキャアア! よ」
「(そりゃそうだよ…)…」
「面白かったわあ」
「(面白かったんかい!)…あと、オレが小学生の頃、新聞屋の兄ちゃんが集金に来た時、わざわざ顔にパックして応対したことあったよね」
「やったわねえ…」

まだある。
銀行のパートをやっていた頃、エイプリルフールに田原俊彦ファンの若い行員に「トシちゃんが死んだってワイドショーでやってた!」と言って号泣させたり。
子供のかくれんぼに本気の助太刀をして、妹を洗濯機の中に隠したり。

「…そういう、度外れないたずら好きの血は、ばあちゃん家の伝統なの?」
それが聞きたかったのだ。
母は少し考える。
「みんな真面目だし…親兄弟にそんなことする人いないわねえ…」

つまり、一族の突然変異としての、いたずら好きというわけか。
母は続ける。
「銀座の松屋デパートの並びに、お店があったのよ。ゴキブリとか、蜘蛛とかゲジゲジとか、ヘビとか爬虫類とか、本物そっくりなのがいっぱい売ってたの。あそこまだある?」
「たぶん、ないと思うなあ」

オレもいたずら好きで、時々やりすぎてしまう。
大人になるにしたがって、いたずらがしたくなる気持ちを理性で抑えるようになってきた。
しかし、なぜいたずらがしたくなるのだろう?
衝動がムラムラとわき起こってくる感覚は、人に説明してもわかってもらえないだろう。

『ジョン・レノン、ニューヨーク』観る。
70年代、ニューヨークに住むようになってからの9年間を、関係者のインタビューと、未公開映像や音声で構成したドキュメンタリー。
目新しいエピソードはなかったが、70年代のジョンの活動を年代順にたどることが新鮮だった。
70年代の前半は、戦い傷つき、打ちのめされ自棄になり、やり直すために努力し、ショーン君が生まれ、永住権を獲得するまでの日々だ。
後半は、華族のため主夫に専念する穏やかな日々。
前半の激しさと後半の穏やかさは、ジョンの持つ二面性と重なっているようだ。
そしてジョンの書いた数々の曲も、二面性によって分かれている。
もっともとんがっている頃に、あんなに優しいメロディーの”Imagine” を書いたというのも面白い。

戯曲「ダントンの死」読む。
フランス革命の大立者ダントンが主人公。
9月の虐殺後、ロベスピエールによって処刑されるまでの物語。
盛者必滅。
シェイクスピア「ジュリアス・シーザー」「マクベス」と同じたぐいの話に思える。
1時過ぎ就寝。