ラジオを愉しむ

今日の日記分として文章を書き、テキストファイルで保存していたが、同名の古いファイルで新しいファイルを上書きしてしまった。ファイルが消えたのではなく、更新した分が「なかったことに」なった。タイムスリップと同じではないか? ファイルの文章に世界が広り、そこに生きている者は、過去に戻ったことがわからない。我々が生きているこの世界でも、頻繁にこうしたことが起きているのかもしれない。それを知るのは、高次元から我々を眺める誰かなのかもしれない。中二病をこじらせたような考え方だ。こんなこと、消えた日記には書かなかった。思い出しつつ以下に書く。

朝、6時20分に起きた。昨夜作ったハムとオニオンのサンドイッチを食べる。7時50分に家を出る。電車が少し送れた。午前中、差し迫った業務はなし。昼、昨日と同じく「天亀そば」で、うどんとイカげそ天を食べる。午後の仕事も特に変わりはなし。ステータス管理の動き方を見直し、6時にあがった。

高円寺の業務スーパーで、外国人のカップルを見かけた。話す言葉が日本語だった。
「これ先に買って、あとで何々すればいいじゃん」「なんでよ」「みんな食べるっしょ」「食べるかな?」
ずいぶん流暢だった。ハーフ同士だったのかもしれない。

夜、カムジャ麺を食べる。「めしばな刑事タチバナ」で紹介されていたやつだ。450mlの水で、麺とスープを一緒に、3分30秒茹でる。辛ラーメンは550mlで4分半だった。500mlで3分というジャパンスタンダードから、ずらそうとしているのだろうか? できたカムジャ麺は麺が汁気を吸い、スープが少なくなっていた。麺はゴムのように弾力があり、味が染みこんでいて旨かった。

9時、TBSラジオで、木梨憲武とカンニング竹山の放送を聞く。とんねるずのデビュー時は先輩ばかりで、同期はコロッケくらいだったという話が面白かった。野口という友達がいて、コロッケの物まねについて、色々アドバイスをしたり、ダンスを仕込んだりした、などなど。

西条昇『東京コメディアンたちの逆襲』という本で、野口さんのことが少し触れられている。御苑前にあったショーパブ「KON」のダンサーで、タレントの振り付けもしていた。店は売れない芸人のたまり場になっており、ブレイク前のとんねるずも常連だった。ノリさんは野口さんの影響をかなり強く受けているという。
野口さんは1991年に若くして亡くなっている。ものまね王座で、コロッケが優勝した時、亡くなった友人のことを話して号泣したことがあった。名前は言わなかったが、野口さんのことだったはずだ。

そういえば、コロッケとノリさんには、身体の使い方とリズム感に共通点がある。最近はあまり動かなくなったから気づかないが。

ノリさんの、コントでの身体の使い方は、半年だけやっていた「ラスタとんねるず」を見ると一番わかりやすい。人の予想より半拍早くコケ、予測できない形で突っ込む。なにをしでかすか判らない。

初期のコントの多くでは、タカさんがボケで、ノリさんはツッコミだった。明確に決まっていたわけではないがそうだった。ところが、売れてきてからが顕著なのだが、ノリさんのツッコミは、同時にボケの役割を果たすようにもなってきた。それに合わせタカさんは、相方がどう突っ込んでくるかわからないという前提で、ボケるようになっていった。他の芸人とあまり絡まないのは、笑いのフォーマットが独特で、互換性がないからだろう。

ラジオは1時間の放送だった。喋りも楽しかったが、合間に音楽が流れるという構成が心地よかった。ノリさんの選曲は、マイケル・ジャクソン「今夜はドント・ストップ」と、風「ささやかなこの人生」だった。小川哲也の真似をし、竹山が知らないと答えるのに驚いていた。70年代に青春を送った人なんだなと思った。