ヘッドライトをつけるだけで、恐怖感はかなり薄れた。見慣れたゴロタ石のところへ行き、川面を見る。南風が強く吹いていて、なおかつ上げ潮のため、川の水は上流に向かって波を立てながら逆流していた。
月曜に買ったエリア10FIXを投げた。予想通り、ルアーは北に流されて飛んでいった。しばらく、投げてはゆっくり引くことを繰り返していると、暗闇に慣れてきた。
川は、魚の気配がしなかった。波が高いから、わからないだけなのかもしれないが、経験不足ゆえに、気配を知るすべを知らない。
風は、常に強く吹いているわけではなく、時々弱くもなった。そのタイミングを狙って投げるようにした。投げながら、河口に向かってランガンしていった。
リールとルアーを新しくしたせいか、投げ方の欠点を自覚しやすくなっていた。人差し指をかけたラインを離すタイミングに癖があり、早すぎたり遅すぎたりしているようだった。これは簡単なことで解決した。要するに、ラインを離す動作が極めて曖昧だったのだ。人差し指の腹にのせたラインが爪弾かれるように離れるよう、指を少し伸ばすようにして離していた。もっと威勢よく、投げると同時に指をまっすぐ伸ばせばいいのだ。えいやっ、というふうに。
それがわかってから、バカみたいなキャスティングミスはだいぶ減った。
2時半くらいになってから初めてルアーを変えた。風は強いし、キャスティング練習も兼ねているならと、鉄板バイブにした。
「釣れてますか?」
堤防から声をかけられた。河口から移動してきたアングラーらしかった。
「全然駄目です」
と答えると、その人は「〇〇ましょう」と言って去っていった。なんと言ったのか聞き取れなかった。
そのあとくらいに、鉄板バイブを根がかりで失った。時刻は3時半だった。満潮の頃合いだった。
別の鉄板バイブに付け替えた時、ラインの途中が絡まって小さい結び目になっているのを見つけた。ロッドを立ててそれを解くと、まだ投げていないルアーが、目の前の水面下で根がかりしていた。
潮が引けば手で回収できると思い、休憩することにした。ロッドを岸辺に寝かせ、場所を覚えてから、川岸を離れ、堤防を上がった。公園のベンチがあったので、コーヒーを買って飲んだた。
4時半になって、再びロッドを置いてある地点まで戻った。ルアーは自然に根がかりから外れていた。ロッドを手にする時、フナムシをロッドと手のひらの間に挟んでしまい、思わず「うわあ」と声を出してしまった。
そろそろ、東の空が明るくなる頃ではないかと思った。夏だったらそうだったろう。しかし、秋分の日を過ぎて、日の出時間は5時台になっている。まだまだだろうなと思いながらルアーを投げた。
5時になった頃から、徐々に明るくなってきた。ルアーをエリア10FIXに戻した。下げ潮になっており、ルアーは下流に流された。
何度か投げては上流に移動した。明るくなってからはルアーをSASUKE SF 95に変えた。しかし、まったくアタリはなかった。波は夜中に比べると小さくなっていたが、生き物の気配は相変わらずしなかった。魚のいない水にルアーを投げているようだった。
6時近くになり、さすがに納竿する。 明るくなってからは、ルアーの飛ぶ方向が見られたので、キャスティングの練習としては良かった。まだまだ思ったところに投げる技量はないが、少なくとも手前にボチャンと落ちたり、右方向にすっぽ抜けることはなくなってきた。
実家に帰宅し、シャワーを浴びた。朝飯に鱈の塩焼きと納豆を食べた。
11時まで寝た。昼飯に海苔巻きを食べてから、北葛西の「キャスティング」へ行き、魚籠と釣り針とアオイソメを買った。家に帰り、ハゼ釣りの支度をして、新左近川に向かった。
暑かった。最高気温30度以上の真夏日だった。
キャンプ場前のゴロタ石のところで釣りを始めた。しかし、すぐに場所選びを失敗したと思った。家族連れで来ていた小学生たちが、手に手に網を持って歓声を上げながら、川の魚を追い立てていた。
それでも、アタリはあった。根がかりで針をなくしたあと、中通しおもりを付け忘れて作った仕掛けで、ハゼが釣れた。
次に釣れたのは、キビレだった。小さかった。
その次に釣れたのは、20センチほどのシーバスだった。
ハゼはその後、二匹ほど釣れた。
荷物を置き、魚籠を川にさらして釣ったハゼを生かしていたのだが、場所を移動しながら釣っていると、いつの間にか小学生たちが「なんだろうこれ?」という顔をして、魚籠を引き上げていた。
「あ、あ、駄目だよ、」と言って魚籠をのそくと、引き上げたりするうちに逃げてしまったらしい。
しかし、まあ、仕方ない。小学生たちはおそらく2年生くらいだった。好奇心の強さがものすごく、そういうのが集団を形成しているのだから、そりゃあ、そうなるだろう。
その後、日が陰って来るにくれ、釣れる場所がわかってきた。そこへ移動すると、必ずアタリがあった。今日はたまたま、そこだったのだろう。
コトヒキを釣った。はじめは、キビレかチヌかと思ったが、横縞があった。
暗くなり、ウキが見えなくなってきたので納竿した。ハゼは11匹釣れたが、1匹は逃げ、1匹は逃した。セイゴが2匹、チヌが1匹、キビレが1匹、コトヒキが1匹だった。
6時帰宅。ハゼの唐揚げをさっと作ってからシャワーを浴びた。
夕食にカレーライスを食べ、ハゼの唐揚げを魚にビールを飲んだ。今日は一日、釣り三昧だった。これほど長時間釣りにかまけていた一日は、小学生の時以来だ。
『夢の木坂分岐点』読む。講演から、老けた妻と荒廃した自宅、そして、ちんちん電車で座敷の中へ入るところ。
座敷のシーンは、人間の無意識にプリインストールされている何かを表しているように思う。同じような場面を表現している作品としては、しりあがり寿『真夜中の弥次さん喜多さん』に、迷路のような座敷の中を歩く場面があった。村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』には、迷路のようなホテルというのがあった。
今思いつくのはそれだけだが、もっと他にもたくさんあるはずだ。
そういう迷路のようなものを意識して、自分の中に構築することを考えた。夢の中に出てくる架空の街を地図にできないかと考えたことがあったが、本気でやってみたいと思った。