呼ばれている感じ

最近、生き物としてのやる気熱量が低下している。気温が低くなってきたせいだ。シーバスに喩えるなら、活性が低くなり、ルアーに見向きもしなくなってきた。
かといって、気分が沈んでいるわけではない。植木等だって、いつも「スーダラ節」を歌っているわけではない。

そして、過去を振り返ると、そんな時期に芝居の本番を迎えることが多かった。マグで10月に本番をやったのは、あれ?

そうでもなかった。10月に本番をやるようになったのは、2011年以降からだ。それまでは7月が多かった。そもそも10月の本番は好きではなかった。理由は、秋が嫌いだったからだ。

秋が嫌いだったのは、生き物としてのやる気熱量が低下する現象が、生理的に好ましくなかったからだ。ロックンロールじゃねえと思っていたのだ。

たぶん、10月に本番をやるようになった頃から、そういうのが平気になったのだ。「七人の侍」ではなく、「晩春」「麦秋」「東京物語」になっていったのだ。

そんな熱量低下をよそに、水耕栽培のトマトは茎を伸ばし続けている。4月に植え、6月に実り始め、7月に連日の収穫期を迎え、8月に水質悪化で壊滅的打撃を受けたトマトの、生き残ったわずかな茎が、だ。満州国皇帝・溥儀のような茎だ。
これから先、太陽はますます低くなり、日照時間は短くなる。どう考えても実をつける可能性はない。満州国のごとく、初めから落日だ。
そんなでも、茎は日に日に太くなっている。飯食おう、と思った。

昨日の夜作ったアラ汁を雑炊にして食べた。

走りに行きたくないな、と、午前中ずっと思っていた。
行かなかった。

昼過ぎに家を出た。阿佐ヶ谷から中央線で日野へ。思っていたよりもずっと早く着いた。国分寺から9分しかかからないのが驚きだった。うちから日野へ行くのは、実家の西葛西に帰るより早い。

早く着きすぎてしまったので、駅の周りをうろちょろした。「歌声喫茶」があったが、たぶんカラオケスナックだった。その隣が、一昨年まで新宿御苑前にあったラーメン屋「佐高」だった。

2時に駅前で、先輩のワタナベさんと待ち合わせた。会うのはたぶん、二十年ぶりくらいだった。二人芝居をやろうという話があり、その会場見学のために、今日会うことになったのだった。

駅からすぐ、甲州街道沿いにそのスペースはあった。古い家屋を展示スペースにして貸し出す古民家カフェだった。すでに連絡をしてあったらしく、オーナーが出てきてワタナベさんと使用条件について話した。オーナー氏は恰幅のいい六十代くらいの男性だった。芝居の公演に使うことについては「お勧めしない」の一点張りだった。こちらが悪条件を了解しても駄目かと交渉しても、返事は一緒だった。やんわりと断られているのがわかった。

その後、カフェでコーヒーを飲みながら、近況を話した。今回の芝居をなぜやりたいと思ったのかなど。
センパイと芝居をしたことは、はるか昔に一度だけあったきりだ。その後ワタナベさんは所属していた劇団で芝居を続けてこられたが、ここ十年ほどは離れていたという。
ところが、今年の夏、あることがきっかけで、昔からやりたいと思っていた戯曲のことを思い出し、それをやろうと思い立ったのだった。
連絡を受けた時、大げさだが、何かの啓示のように感じた。これは、作品に呼ばれているたぐいの出来事だと思った。だから速攻で「やります」と返事をした。

衝動が先にあり、企画は何もない。この感じが、いいと思う。いい企画イコール、いい芝居とは限らない。企画をいい芝居にすることイコール、いい役者とも思わない。もちろん、行き当たりばったりの公演がいいというわけではないが、そこに「呼ばれている感じ」があるかどうかは重要だと思う。呼んでいるのは、ワタナベさんかもしれないし、作者かもしれないし、あるいは作品の中の登場人物かもしれない。

公演場所も、日程も、あやふやな感じのまま、これから進む。

ワタナベさん、自宅に最近きのこがたくさん生えてきたのだという。写真を撮り、インターネットに載せて人に尋ねたりしたところ、「しいたけ」という返答があったそうだ。
今度持ってくるから食べてくれと言われたが、どこに生えたのか聞くと、
「地面」
とのことだった。ぜったい毒キノコだと思う。

4時過ぎまで話し、カフェを出た。稽古場その他、連絡し合おうということになり、駅のホームで別れた。

阿佐ヶ谷には30分弱で着いた。やはり、距離のわりに所要時間は短い。片道なら走ってこられるだろう。

夜、餃子と肉団子甘酢餡かけを食べた。食べ終わってから、戯曲を声に出して読んだ。解釈はせず、その中に入っていく感じに、ただ読んだ。しばらくはそうやって、淡々と読んでいこうと思う。

「村上Radio」を聞きそびれた。

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